和歌と俳句

石田波郷

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15

秋めくと下駄履き出づる駒場駅

愛憐や鶏頭紅に蕃紅に

昼餉どき鶏頭女らを凌ぐ

帰る家まざと頭に秋の暮

隣人のこめかみ憂しや秋刀魚食ふ

朝寒の市電兵馬と別れたり

の夜々同じ言葉の別れかな

露乾く屋根ぞ犇く日曜日

残る虫仮寝の母子相抱く

の夜々幾日黙す兄妹ぞ

食ふや松山人の顔黙り

法師蝉朝より飢のいきいきと

秋めくや焼鳥を食ふひとの恋

芋の露父より母のすこやかに

蟋蟀に覚めしや胸の手をほどく

鶏頭を犬や赤子の如く見る

の香やぎくりと懸かる河童園

鶏頭やいづくをゆくも旅の袖

木葉髪旅より戻り来りけり

咲いて幾年対ひ合ふ屋根ぞ

秋深し一人の起居咳の向

東京声高き帰還兵

露寒や兄妹さらに黙り合ふ

芋の露二十ばかりや都辺に

法師蝉木々の彼方の朝の屋根

兄妹の今宵鄙めく茶点虫

椎や竹雨の古郷忌はなやかに

朝顔や病も知らずわが齢

わたる三田に古りたる庇かな

鳴いて柿の木を見ず駒場町

萩叢や隣は子供多くして

熱の目にしばし草木や秋の暮

鵙のあと雀は椎をこぼれ出づ

の昼深大寺蕎麦なかりけり

縁談や夜の厠を萩打ちて

蛇の髯に手紙落ちてゐし一日かな

白露やはや畏みて三宅坂

萩芙蓉電車轣音をひそめ行く

萩芙蓉けふの日出でて照らすはも

かしこしやに手触るる二重橋

罷り来て塵寰日比谷露けしや

松籟や秋刀魚の秋も了りけり

通夜の座の端更けにけり十三夜

露時雨猿蓑遠きおもひかな

兄妹の小干す衣やの宿

芋の葉の八方むける日の出かな

朝顔は乾きそめたる芋の露

朝顔の紺のかなたの月日かな

飯しろく妻は祷るや法師蝉

新涼や百姓の子の東京に

吹きしぼるカンナの揚羽何驛ぞ