和歌と俳句

蟋蟀 こおろぎ ちちろ虫 つづれさせ

ひとの肩蟋蟀の声流れゐる 多佳子

一本の鉄路蟋蟀なきわかる 誓子

夜はさらに蟋蟀の溝黒くなる 誓子

蟋蟀が深き地中を覗き込む 誓子

蟋蟀の一途なるこゑ水にしむ 誓子

明け四時の街蟋蟀を鳴かすのみ 友二

妻恋の蟋蟀嵐吠ゆる間も 友二

こほろぎのへりたることに気がつきし 風生

ちちろ鳴き厨妻吾に何つくる 誓子

歯の痛みとぎれとぎれの初ちちろ 知世子

蟋蟀の鳴きつのる夜を夫は逝けり 信子

跼まれば我も夜更の蟋蟀か 鷹女

馬ほどの蟋蟀となり鳴きつのる 鷹女

寄る浪は磯にとどまるちちろ虫 誓子

市振や隣の間なるつづりさせ 楸邨

こほろぎや母は昔の座のままに 知世子

蟋蟀に覚めしや胸の手をほどく 波郷

浪高き海との間のちちろ虫 誓子

樹を伐つて夜となる庭ちちろ虫 誓子

乾草の中こほろぎのこゑ深く 誓子

暗き燈を残せばちろろ鳴きしきる 誓子

月入りて暗き夜となるちちろ虫 誓子

こほろぎの絶えだえ昼をなき過す 誓子

こほろぎの鳴くやいづこの畳にて 誓子

こほろぎにすぐと茂吉の蟋蟀歌 誓子

ちちろ虫蔭の蔭よりあゆみ出づ 誓子

大き樹の根もとしづかにちちろ虫 誓子

こほろぎや栴檀にもと掃きしのち 誓子

寝ねどきが来ればちちろの鳴く上に 誓子

床下の行けいけにしてちちろ虫 誓子

蟋蟀が妻の背後の畳過ぎ 誓子

こほろぎのこゑごゑ巌のあるところ 誓子

こほろぎや雨垂の点ややあつて 誓子

こほろぎのこゑす松葉を掻き置けば 誓子

木場の材の多くちちろのこゑ敷けり 誓子

覆ひし燈縁を照らさずちちろ虫 誓子

屋根なほして廃墟の廚ちちろ虫 誓子

ちちろ虫屋根洩りなほす日もなけり 誓子

蟋蟀の畳の上にいのち生く 誓子

衰へし蟋蟀に燈の明るさよ 誓子

こほろぎや廚じまひのおくれつつ 波津女