和歌と俳句

山口誓子

七曜

夏氷挽ききりし音地にのこる

夏氷自転車濡すとめどなし

ひとり膝を抱けば秋風また秋風

稲妻のはなやぐ露天子を寝かす

いなびかり嬰児は肩に眠りよる

秋風に嬰児ひとりうらがへる

峡わたる日が真上よりに差す

菊に対ひ身に高山を繞らする

ひかる軌道草蒸す軌道秋の暮

一本の鉄路蟋蟀なきわかる

鉄路よりしづけきものなしがなき

赤土の崖にこぼれず虫はなきしきる

夜はさらに蟋蟀の溝黒くなる

蟋蟀が深き地中を覗き込む

きりぎりすながき白昼啼き翳る

きりぎりす光は陰と地をわかつ

山中の鉄路をの越えわたる

午も過ぎ霧の日輪かたちなし

赫と日が霧の内界照らしだす

日の光玲瓏のかげもさす

山中に送りし露の日も積る

秋山に秋山の影倒れ凭る

愉しまず晩秋黒き富士立つを

蟋蟀の一途なるこゑ水にしむ

山の上の平を夜毎照らす