和歌と俳句

山口誓子

遠星

ひそかなる居間の四隅に冬の翳

咀嚼する子が見え冬の夕食どき

竈火をいきなり燃やす冬の宿

大根を煮つつそぞろに冬はじめ

金星を懸くるすなはち冬の暮

短日のわれの暮れゆくことはやし

燈が照らす冬夜の浅き町の川

機関車にゐる三人の冬の夜

家覗き通る寒夜の時計店

往診の燈が寒き夜を分け行けり

往診の行きつつ寒き岸照らす

冬日和焚火に熱りつつ讃ふ

起きて先づゆらぐ焚火の穂を見たり

ことごとく木枯去つて陸になし

海に出て木枯帰るところなし

駆け通るこがらしの胴鳴りにけり

海の村時雨に休む映画館

海鳥の樹に怺へゐし冬の雷

海港や雪嶺天に支へたる

雪嶺の黒く夜明に連亙す

野を行きて終に燈のなき冬の川

沿ひ行けば夜の雲うつる冬の川

強震の夜の寒星を密にせし

惚れぼれと冬の金星立ち眺む

寒月の天に見下す潦

寒月に水浅くして川流る