行人は吾のみ田植始まれり
蚊の入りし病の蚊帳を吊りづめに
蟹照らすためにゆふ空焼けにけり
青蚊帳を静臥のときは城として
蟹の爪がりがり岩を滑り落つ
かぐはしき新樹ことしの蟻地獄
新緑のゆふべかたへに子あるなし
青繁る樹あれば何を願はむや
濡縁はあれど夏草身に迫る
蜑の子や沖に短かき一夜寝て
葉桜がつくれる蔭に入らばやと
惜しや惜し町田に薔薇の散り敷きて
遠くより見し紅薔薇の辺に来る
ゆあみして来てあぢさゐの前を過ぐ
香を忘れてはくちなしに近づけり
えにしだに暁起きの眉洗ふ
えにしだの幾日か過ぎて日々つとむ
美しや蒼黒き溝額の花
擲つて弁を毀ちし額の花
けさの海浅くて荒るゝ栗の花
海荒れに汐汲む海女や栗の花
青梅をまさぐるつひにひとりにて
憎まむや子が擲げ入れし青梅を
青梅に昔の如く歯をあてむ