和歌と俳句

山口誓子

遠星

行人は吾のみ田植始まれり

蚊の入りし病の蚊帳を吊りづめに

蟹照らすためにゆふ空焼けにけり

青蚊帳を静臥のときは城として

蟹の爪がりがり岩を滑り落つ

かぐはしき新樹ことしの蟻地獄

新緑のゆふべかたへに子あるなし

青繁る樹あれば何を願はむや

濡縁はあれど夏草身に迫る

蜑の子や沖に短かき一夜寝て

葉桜がつくれる蔭に入らばやと

惜しや惜し町田に薔薇の散り敷きて

遠くより見し紅薔薇の辺に来る

ゆあみして来てあぢさゐの前を過ぐ

香を忘れてはくちなしに近づけり

えにしだに暁起きの眉洗ふ

えにしだの幾日か過ぎて日々つとむ

美しや蒼黒き溝額の花

擲つて弁を毀ちし額の花

けさの海浅くて荒るゝ栗の花

海荒れに汐汲む海女や栗の花

青梅をまさぐるつひにひとりにて

憎まむや子が擲げ入れし青梅

青梅に昔の如く歯をあてむ