和歌と俳句

山口誓子

遠星

起きてより後の積むことはやき

ましぐらに汽車過ぎもとのの景

臼を碾きやみし寒夜の底知れず

金星と月と懸りて雪照らす

大根を刻む刃物の音つづく

の駅汽缶車おのが火屑踏む

いづこにも雪消え水の辺に残る

霏々と数刻前と異ならず

門を鎖して来し妻の身のまみれ

二ン月や鋸使ひては地に置き

家々の鼠に寒も明けにけり

寒去りて鼠だくだく走りけり

久々に家を出の白きもと

庭歩くひとかげ雛の日なりけり

春の日をまぶしみ遊ぶ女児ふたり

春の日の綾とり遊びひとりして

いつか手を芽ぶきたる木に掛けゐたり

芽ぶく樹を照らして西に月沈む

天よりもかがやくものは蝶の翅

海鳴りのはげしき夜をさくら咲き

ひらくべきの万朶に川暮れて

かすかにも蕾みし花の薄暮にて

春潮の鳴れる東に枕して

春潮を家の畳に立ち眺む

巣作ると雀のなせることかなし

春昼や牛長鳴いて地が沈む

妙齢の息しづかにて春の昼

春の暮晩鴉の黒きことも過ぐ

町なかの昔の松の春の暮

犬が来て覗く厨の春の暮

春の暮汽罐車を焚く影法師

国道とその墓石店暮れのこる

石橋に春月の光さしかかる

春月の出づるに間あり堀の暮

春月の海ある方へ犬はしる

閂をさすむんむんと春の星

苗代や色濃き緑惜しまずに

残る雪ラジオの楽のみな消ゆる

雪解の道暮れゆけり川に沿ひ

牛の眼がやさしや道の雪解けに

いづこにも雪消え水の辺に残る

雪消えし沢よと見れば鴨翔てり

夢といふ一字掲げし炉の名残

手を拍つて又も種田の鴉追ふ

国道のつばくろに子がにこにこと

わが彳てば遠くは出でず

翔ち出づるやけふもこの家訪ふ

ゆふぐれのの為のとぼそにて

蝙蝠傘をたたみて燕の巣の下に

一刻を知らぬひととゐ燕の巣

親雀巣を出て遠く志す

子の雀硝子に羽搏つほど接す

岩に頭を軒端に尾羽を親雀

高き巣に鳴ける雀と我と暮る

暮れかかる子なき吾家の雀の巣

何事を欣こぶこゑぞ巣の雀

藁しべはを荒されし後も垂れ

のがれむとガラスの蜂の疲るのみ

沈丁の花や一邸のものならず

松の花きのふはここに潦

俎のを刻みたるみどり

藤棚の西は茜の濃くなりつ

咲いて昼夜わかたぬ川流る

花楓なほ稚き女のありて

青麦や墓原遠く的礫と

青麦や墓原の銘見え来る

野を行けば麦の緑のわれに従き

川べりに楠の嫩葉のゆふながき

風折れの嫩葉の枝の白楊

野をねだて神の嫩葉を拝し去る

俎のを刻みたるみどり