和歌と俳句

山口誓子

激浪

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たらたらと縁に滴るいなびかり

いなびかり集ひにつどふ海の上

百姓の蕃茄食ひ去るおのが畑

がくがくと鋏揺れつつ蟹よぎる

夕焼けて長き渚を来つつあり

読み終へし手紙や秋の蝉遠く

秋草を添へて鬼灯赧然と

老ひしひと残る暑さの中に処す

昨日ありてかたちくづれぬ蟻地獄

錐揉みし底ほど暗き蟻地獄

晩涼の駅や転轍したる音

一すぢのいなづま走る庭の裡

いなづまが入る農村へ送る夕

蛇食ひし後の鳶の輪ゆるやかに

穀象が出て大日を畏めり

螳螂の居ねばこころに懸るなり

蛇獲たるその空にして鳶の笛

へうへうと秋風の裏揚羽蝶

夕立あと昏きを光分けて入る

一角を開きては出づいなびかり

江船の蘆荻を敷くに雁わたる

晩餐を照らすいなづま峙ちて

瑩然とわが家の樹木いなびかり

激雷のあとや柱を噛む鼠

盂蘭盆の鬼灯父の日にも挿す

盆過ぎや星を眉間に馬通る

父の忌やつくつく法師鳴きも出て

父の日に寒蝉の声一聯す

水高き江の沿ひ行くや野分めき

海騒ぐ行手の木々にいなびかり

漁り火をひらめかすなりいなびかり

忌にかけし父の短冊露の日々

端居すや海を見に来し美濃の子と

美濃の子と貪る美濃の甜瓜

白鷺の天や警報伊勢に出で

蜥蜴行くその尾引き寄せ引き寄せて

露あさる雀俯向き俯向きて

蟻地獄地の平となりにけり

秋が来て向日葵の夏ふけにけり

土の色土色ばつたとゐるときの

秋風に琴弾く宮城氏といへり

蝉鳴かす電柱橋の際に立ち

無花果と映る無花果出水川

妊りて真青の庭見つつゐし

見ざれども必ずとべり揚羽蝶

樹を伐りし庭にとまどふ揚羽蝶

木の暗を音なくて出づ揚羽蝶

樹を倒し百姓笑ふ秋日和

揚羽蝶行くや木隠るひとの家

鳴いてシャベル火花を発しけり

樹を伐れば鉞にふためく揚羽蝶

樹を伐つて夜となる庭ちちろ虫

秋耕の土梅干の種を吐く

秋の蝉わが背後にて湧き立てり

遠島を却て秋の海荒れに

乾草の中こほろぎのこゑ深く

霧の中知らぬ間に趾傷つきて

揚羽蝶松に手かけて語るとき

野分浪吾家に乾く流しもと

野分浪ひたすらなるや出洲に寄す

われ彳てばわれに向つて野分浪

野分浪舷に激ちて川に入る

或時は帆のみ野分の浪の上

葭簀茶屋けふ跡かたもなくなれり

蚤が背をそばだつ夏も過ぎにけり

鬼灯が朱く八月余日なし

秋の浪見つつ黙して人遊ぶ

秋の浪高きを見つつ帰りがて

楽しさは秋の高浪見ることに

見にぞ来て腰下し見る秋の浪

舟虫を畳に見るや寝むとして

蝸牛角ならべゆき相別る

殻曳いてややに行きあふ蝸牛

みちのくを来てわが傍に青林檎

ひとを刺す蜂ゐて剥くや青林檎

青林檎しんじつ青し刀入る

きちきちの身近く下りて相親し

あはれ蟻家の柱を高あがる

蜻蛉の空を切つては子の鞭

秋耕の具や土の上に忘れられ

鳶翔くる秋の中天高天を

ぬきんでてものの立てれば紅蜻蛉

掘り下げし底の見られて秋の土

海村の路といふ路蜻蛉群れ

野分あと蜻蛉海に増えにけり

青林檎掌には置かねどにほひ沁む

法師せみ山影浜にかぶさりつ

葬あり秋日しづかに村照らす

なほさきの燈の浜いづこ秋の暮

暗き燈を残せばちろろ鳴きしきる