いつの日か冷ゆる夜ありて障子はむ
稲雀児に叫ばれてかへしけり
鵙鳴いて甚だ古き切通し
川波や急調となる鵙のこゑ
鵙の斑をとぶ羽に見て野を帰る
中空を好んでわたる稲雀
稲雀とんでにぢれて雀色
存分に空焼かせたり秋の嶺
夕焼濃き秋の野路より農婦来る
街道の裏ははげしき夕焼田
立ちながら身丈測らる秋袷
あなたなる美濃はいづこの栗林
栗飯を炊けばこころは満ち足らふ
近づきて栗剥く妻をやや目守る
休めたる庖丁の刃を栗に当つ
栗の木の情と賜ひし栗の情
曇り日は眼しづかに曼珠沙華
稲雀群を進むること迅し
この野路の去りがたきかな四方に鵙
海ちかき河のすすきを供へけり
構橋のかへりのときは鵙の暮
日の没りし裏明るさよ秋の嶺
子のバケツ鯊提ぐるとふゆふ暗し
仲秋や漁火は月より遠くして
まんじゆしやげ仮名にて書けばはかなさよ
鵙叫ぶ妻大阪に着けるころ
すがれたる曼殊沙華など見て行きしか
妻の留守掛れる妻の秋袷
白かりし良夜の土の欺けり
甘藷畑の白砂望に曝しけり
午前四時頃も良夜のかはりなく
良夜の樹西方よりの月に照る
暁の星遅れてわたる望の空
すすき採る子と堤防に逢ひ別る
望月の有明ちかく照らしけり
露咽ぶ朝刊のこの新しさ
妻帰りつつあらむ雨天の曼殊沙華
まどはしの日が雨にさす曼殊沙華
紅蘂に日は当り散る曼珠沙華
妻の汽車はや茂福の稲田浜
百姓の胸もと隠す稲田も見
妻帰りつつあらむ廚のちちろ虫
汽車は過ぐ稲田が浜となるところ
なほ稲田ゆく汽車妻が下りし汽車
鹹はゆき海に障子を洗ふめり
なほさきの稲雀をも見放けたり
町空をなほ出離れず稲雀
鰯網英霊還りいましけり
稲雀ゆく雀列の定まらず
鵙の雨止みつつ鵙は鳴きつづく
鰯網暮れて一燈を点じけり
真南に駅の燈遠き秋の暮
早馬を駆るや鰯の海道を
見るかぎり同じ速さの秋の川
九年母や土傷くる馬の蹄
蘂張れる曼珠沙華掌を合せたく
遠くしてすがれたるかな曼殊沙華
河原より上り来れば銃の音
子が獲たる鮒みどりなり秋の野路
偏りし流れの深く秋の川
秋の田の景色を変ふる堰の音
うしろにて夕日の紅蓮秋の野路
野の川の藍荻の水かすかなる
波ゆけばひかりを放つ曼珠沙華
もくせいの香や壁つたふ屋根の洩り
町裏は鶏頭畠丘に墓
秋雨や戸樋のざざ漏り八十隈に
屋根漏りや鳴いて過ぎたる鵙のこゑ
ものありて川に逆ふ蘆の花
一隅の秋雨の漏りひたすらに
ひた濡れて蟋蟀いかに滑らかに
落葉して栴檀の実の残りゆき
爽やかにたてがみを振り尾をさばき
杖にして主婦が買ひ来し砂糖黍
砂糖黍金剛杖のごとく衝く
火を焚いて野分の中を汽車過ぎつ
汽罐車のあとには燈なき野分かな
十六夜の曇りを二十一夜まで
木犀の日向いまだにあらしめき
木犀の香を距たれる木に求む
木犀の香をさへぎれる木あるらし
木犀の香や金星の方角に
宮後や鉄路に椎の実を拾ふ
秋の暮道にしやがんで子がひとり
秋すでに電信柱野に鳴れり
遠田まで太鼓ひびけと秋祭
高雲や芒の花や夕焼さめ
街道の溝ももくせい香ににほふ
常夜燈昔むかしの秋の暮
秋の燈の真青き幸秋の暮