和歌と俳句

山口誓子

激浪

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旧青春また入学の頃に逢ふ

伊吹嶽 残雪天に離れ去る

嶽の裏没りし春日焼けにけり

遠き汽車俯向き下る春の昼

粗き毛の輓馬と思ふ雪の中

火を焚けばすぐかげろふに立ちまじる

夜に入りて大干潟猶あるごとし

てんたうむし羽翔はいつもながからぬ

神の杜嫩葉を過ぎてただ青し

月夜にて海に出でゆく初蛍

磯ちかく行きし蛍の高あがり

潮浴みの波間に抱かれ泣きはせず

はじめての客に野分の浪迫る

夢も見でいく夜過ぎしや野分あと

もくせいの日々これ婚後十余年

ものさしの朱を伏せて置く露の宿

立ちて見る野分の庭の大巌を

冬浜の満天星に昴の綬

風花に驚破一角の日の光

がやや中天を群れて過ぐ

漁火寒し歩を近づくることもなく

歳月の流れてけぶる松の花

簾なき流寓の夏過ぎむとす

暑をきざす日や赤松の皮毟る

五月闇汽罐車一台ゆきごとし

簾なき流寓の夏過ぎむとす

身を拭けば海の夕焼美を尽くす

悪童の抜手きるとき憎からぬ

ほふし蝉海の景色の裡にやむ

木場の材にばつた押へぬ君が子は

父の髪剛かりしこと露の中

菊提げて浪寄る家に戻り着く

茎長き菊桔梗など父に挿す

踏切を月の結界とぞ思ふ

雪嶺の遠さよ袂聯ね行く

短日や二階さす音落ちかかる

行きあふや担き来る鰤とすれずれに

庭にわが立ちゐしときに春の蝉

輪回しや五月の或日兄となり

くちなはに白浪ちかきことあはれ

夏されば浪など遠きもの見つむ

巣燕に外は鏡のごとき照り

白爪をかざす蟹ゐて梅雨あがる

夏浪の寄せ來る浜に恋もなし

汚れたる翅の蛾他人の句集読む

炎天の沖の帆昏く思ほゆる

熱したる蝙蝠傘壁に倚りゐたり

浪高き海との間のちちろ虫

トロッコの線路跨ぎて冬の浜

こがらしや火星高きへなほ登る