和歌と俳句

橋本多佳子

羅針盤平らに銀河弧をなせり

羅針ともり天球銀河の尾を垂らす

海晦くいなづま船橋を透せり

いなびかり船橋にひくき言かはす

富士薊野のいなづまにかくれなき

寝られねば野のいなづまを顔にする

月照りて野の露ひとをゆかしめず

ひとを送り野のいなづまに衝たれ立つ

虫の声かさなり四方の野より来る

露けくて富士は朝焼野にうつす

曼殊沙華吾が疲るゝに炎えつきず

ひとりゐて露けき星をふりかぶる

ひとの肩蟋蟀の声流れゐる

啼けりひとと在る時かくて過ぐ

機銃やみ一本の桔梗露に立つ

霧降れば霧に炉を焚きいのち護る

霧の中おのが身細き吾亦紅

花売りの擬宝珠ばかり信濃をとめ

十六夜はわが寝る刻を草に照る

ひと去りしいなづまの夜ぞ母子の夜

ひとの子を濃霧にかへす吾亦紅

暁殊に露けき蚊帳ぞ子のねむり

わかれ蚊帳母子に五位の声つばら

露の楢夜はわが燈に幹ぬれて

母と子に夜も木の実の落ちしきる

黒姫も落暉負ふ山燕去る

数歩にして狐のかみそり草隠る

白露や花を尽さぬ鳥かぶと

虹消えて荒磯に鉄路残りたる

秋の蝶きりぎしのもといそぎつつ

月光に一つの椅子を置きかふる

いわし雲忌日きのふに過ぎゆける

さびしさを日日のいのちぞわたる

鶏頭の花のみ視野にしてひさし

睡られぬ月明き夜のつづくなる

きりぎりす日が射せるより露あつく

膝前に秋炉もえつく山の日々

硯洗ふ墨あをあをと流れけり

草照りて十六夜雲を離れたり

青胡桃地にぬくもりて拾はるる

青栗にしなのの空がすき透る

いなびかりひとゐて炉火を更けしめず

わがひざに小猫がぬくしいなびかり

ひざ前に炉火が燃えつぐきりぎりす

朝刊のつめたさ螽斯が歩み寄る

牛乳飲みに日日や秋立つ切通し

母と子に落葉の焔すぐ尽きぬ

あさがほや家をめぐりて十数歩

鳥兜花尽さぬに我等去る

道の辺に捨蚕の白さ信濃去る

日が射せる秋の蚊遣や忌を訪はる