和歌と俳句

橋本多佳子

沼の上に来て二星の逢ひにけり

七夕流す沼水流れざるものを

いそぐほど銀河の流れさからひて

秋風にあさがほひらく紺張りて

髪を梳きうつむくときのちちろ虫

ぬれ髪にちちろは何を告げゐるや

吾に近き波はいそげり秋の川

母と子の間白露の幾千万

秋風に筝をよこたふ戦経て

三日月に死の家ありて水を打つ

沼水に捨てし秋蛾のそえぞれ浮く

霧月夜美しくして一夜ぎり

穂草野に雀斑を濃く従へり

つくるよりはや愛憎や木の実独楽

木の実独楽ひとつおろかに背が高き

ひと死して小説了る炉の胡桃

握りもつ山栗ひとつ訣れ来し

山の子が独楽をつくるよ冬は来る

此処去らじ木の実落ちてはころがる

掌の木の実ひとに孤独をのぞかるゝ

没せむとしては顔あぐ青野分

いなづまの薔薇色徹る雲の峰

寒蝉啼くひとつびとつが語尾を曳き

師の前に野分来し髪そのまゝなる

刈田にて白鷺あらそふ姿と影

黄菊白菊作者いま白に触れ

黄菊にむかふ一切の彩しりぞけ

紅玉の霧の日落つる祖母の唄

瀬をくぐりふたたび曼珠沙華が浮く

吾なしに夫ゐる曼殊沙華を流す

猛かりし鵙よ隻翼拡げて見る

鱗雲ことごとく紅どこから暮る

櫨採唄なぜ櫨採の子となりしと

噴井の水遁げをり葡萄作りの留守

乳足り子を地におき葡萄採りいそぐ

葡萄畑男が走り日の斑ゆれ

葡萄樹下処女身に充つ酸さ甘さ

葡萄の房切るたび鋏の鉄にほふ

鶏頭もゆ疲れしときを臥し隠れ

穴まどゐ身の紅鱗をなげきけり

汽車を乗り継ぐ月光の地に降りて

霧に鳩歩む信濃に着きしなり

霧寒きとき信濃川わたりゐたり

畑の樹の林檎幾百顆にて曇る

林檎にかけし梯子が空へぬける

林檎の樹のぼりやすくて処女のぼる

青胡桃ひろへり墓地の土つきしを

秋野の汽笛波立つ千曲渡り来て

秋風や地底よりなる熔岩の隙

こほろぎやもとより深き熔岩の隙

こほろぎが生きをるこゑをよびかはす

胸先にくろき富士立つ秋の暮

天暮るる綿虫が地に着くまでに