うとみ見る我丈ほどの女郎花
露草や郵便めてる門の坂
山裾や萩の見え来し海の色
萩の風葉うらかへして渡りけり
裏門の石段しづむ秋の潮
花葛のひきおろされてあらけなや
濃き淡き霧の流れや目のあたり
乗捨てし駕まだ見ゆれ霧の中
新涼の沼にうつりて流れ雲
山霧の下りて色濃き野菊かな
深々と磐石しづむや草もみじ
月光にこぎ入る舟の影ありぬ
野菊折るや地獄温泉けむりながれくる
曇り来し昆布干場の野菊かな
わが行けば露とびかかる葛の花
硬き角あはせて男鹿たたかへる
鹿啼きてホテルは夜の炉がもゆる
わがまつげ霧にまばたき海燕
海彦のゐて答へゐる霧笛かな
アベマリア秋夜をねまる子がいへり
山荘やわが来て葛に夜々燈す
花葛の濃きむらさきも簾をへだつ
ひぐらしや絨毯青く山に住む
月照りて野山があをき魂送り
月の砂照りてはてなき魂送り
わが袂磯砂にある魂送り
月光にもゆる送り火魂送り
おぼえなき父のみ魂もわが送る
浦人の送り火波に焚きのこる
送り火が並び浦曲を夜にゑがく
曼殊沙華咲きて日輪衰へず
曼殊沙華折りたる手にぞ火立もゆ
曼殊沙華火立の花瓣うづまける
野路ゆきて華鬘つくらな曼珠沙華
曼殊沙華折りて露草わすれたる
曼殊沙華日はじりじりと襟を灼く
曼殊沙華日は灼けつつも空澄めり
茎たかく華もえ澄めり曼殊沙華
曼珠沙華みとりの妻として生きる
ひと日臥し庭の真萩もすでに夕べ
青き蛾のとびた夜が来ぬひと日臥し
秋の蚊帳枕燈ひくくよみて寝ず
曼珠沙華身ぢかきものを焼くけぶり
曼殊沙華多摩の翠微をけぶらしぬ
曼珠沙華はふりのけぶり地よりたつ
曼殊沙華灼熱の骨を灰にひらふ
曼殊沙華はふりの車輪をふれぬ
颱風過しづかに寝ねて死にちかき
死にちかき面に寄り月の光るをいひぬ
月光にいのち死にゆくひとと寝る
月光は美し吾は死に侍りぬ
夫うづむ真白き菊をちぎりたり
菊白く死の髪豊かなりかなし
忌に籠り野の曼殊沙華ここに咲けり
曼珠沙華咲くとつぶやきひとり堪ゆ
曼珠沙華あしたは白き露が凝る
露のあさ帯も真黒く喪の衣なり
曼珠沙華けふ衰へぬ花をこぞり
遠花火夜の髪梳きて長崎に
埠頭の燈去りゆき霧の航につく
あかつきの舷燈よごれ霧をゆく
霧を航き汽笛の中を子が駆くる
霧を航き船晩餐の燈を惜しまず
船室も霧寝台の帳ひきて寝る
いなづまを負ひし一瞬の顔なりき
いなびかり想ひはまたもくりかへす
火のまつりくらき燈火を家に吊り
火祭の道よりひくく蚊帳吊られ
火まつりの戸口にちかく子がねまり
火のまつり子等は寝ねしか町に見ず
火祭の戸毎ぞ荒らぶ火に仕ふ
湖をへだて火まつりの火がおとろふる
火祭のその夜の野山月に青く
霧昏れて落葉松にゐし吾よばる
いなづまに落葉松の幹たちならぶ
熔岩野来て秋風の中に身を置ける
秋空と熔岩野涯なし歩みゐる
熔岩の原薊を黒く咲かしむる
富士薊日輪に翳するものなし
熔岩の砂熱きを掬び掌をもるる
地を翔くる秋燕ひとりの道かへる