和歌と俳句

秋の夜

白秋
秋の夜は前の書棚の素硝子に煙草火赤しが映るなり

秋の夜の身になれそめし衾かな 麦南

秋の夜の酒さめやすく臥たりけり 麦南

はばかりてすがる十字架や夜半の秋 不器男

秋の夜の影絵をうつす褥かな 不器男

蒲団敷く影法師あり秋の夜 かな女

アベマリア秋夜をねまる子がいへり 多佳子

秋の夜の母体と嬰児同じ向きに 誓子

秋の夜を生れて間なきものと寝る 誓子

秋の夜の壁に見あかぬをさなき絵 三鬼

秋の夜の時計動かぬままにある 三鬼

すこしある熱のしたしさ秋の夜 草城

身辺に妻あり子あり秋夜病む 草城

秋の夜の一夜泊りの旅鞄 立子

秋夜遭ふ機関車につづく車両なし 誓子

秋の夜なり剃刀の刃を磨ぎへらし 鷹女

秋夜真夜鋭きものはかなしかり 鷹女

泣きぬれてあれば秋夜の頭が閃く 鷹女

秋の夜の大地にひびく貨車なりき 石鼎

秋の夜の琴鳴るわれに妹ありき 青邨

秋の夜のうつしゑ常にわれに向く 信子

秋の夜を笑ふひとなき淋しさよ 信子

髪撫づれば吾子なよりくる秋夜かな 林火

秋の夜の尺も鋏も更けにけり 波郷

濤ひびく障子の中の秋夜かな 多佳子

秋夜の浪近ければ又遠ければ 綾子

秋の夜のオリオン低し胸の上< 波郷/p>

朗読のラヂオの秋夜戦の夜 誓子

秋の夜のラヂオの長き黙つづく 誓子

秋の夜の俳諧燃ゆる思かな 波郷

秋の夜の憤ろしき何々ぞ 波郷

秋の夜や落雁低し胸やけて 波郷

秋の夜の海底のごと暗かりき 占魚

燈をさげて観音寺みち秋の夜 蛇笏

永劫の如し秋夜を点滴す 草城

秋の夜や書淫まさしく子に伝はり 静塔

秋の夜の一つの椅子とバレリーナ 波郷

秋の夜の漫才消えて拍手消ゆ 三鬼

秋の夜やインク足したるインク壺 真砂女

やはらかく吾子投ぐ秋夜の衾の上 登四郎

秋の夜の地下にうつむき皿洗う 三鬼

秋の夜や話の糸のほぐれのび 立子

秋の夜の奥行ふかき狭斜の燈 風生

秋の夜をマリア徳利と見てすごす 静塔