和歌と俳句

山口誓子

炎昼

空蝉とあふのきて死にし蝉とあり

夏の夜の星ひとつ撰りて船にかかぐ

暑を感じ黒き運河を遡る

暑き正午囚徒の食を見てうなだる

喪の服に手帛挿しはさみあさ暑し

頚飾を寝室に置く暑き夜なり

日に炎えて墓原白く遠くなりぬ

風熱び病める頭躯はみな罪びと

風熱びみとるも藍衣囚徒なるよ

熱風に喪服の短衣脱ぐことなし

片陰に囚徒青竹を挽きゐたり

顔こすり睡がる子よ夏の海暮るる

喪服われ紅き軽羅と遭はむとす

顎たるみ病囚のあまた昼寝せり

夏祭その夜ちか星と月照れり

雨蛙黒き仏の宙に鳴く

洗面盤白磁なり蟻のあざやかに

緑陰のあらし海浪にあるおもひ

船に垂れ晩夏星座のみづみづしさ

秋夜遭ふ機関車につづく車両なし

わたり手足を北にしてねむる

オリオン座ひとより低く出し寒夜

オリオン座出むと地にを降らし

月光は凍りて宙に停れる

火口ちかく悴けたるわが掌を見たり

火口丘女人飛雪を髪に挿す

火口ふぶき外套白くならむとす

雪荒れて七つの火口指すよしなし

石塊をふぶく火口に擲げてかへる

ストーヴに神山攀ぢし靴を炙る

鳴り動む阿蘇にはあらず雪に荒る

風速器阿蘇荒天の雪に舞ふ

阿蘇の馬見慣れぬものを雪に負ふ

降るとき雪岳天に群立す

雪しろき高嶺はあれど阿蘇に侍す

煖房車単軌高原線を来る

雪きざす小倉を過ぎぬ火炉燃ゆる

船煙雪降る海にはねかへる