霧の航櫓煙筒ひた進む
霧の航砲門ただにしづかなり
秋の浪艦艇長き艫を牽く
天さむく白玉の米を粥に焚く
凍むあさの臥処を起きて露天なり
夜凍みて酒精の壜を口にする
煖房車つめたき窓を子が舐ぶれり
煖房車子の睡さめまたねむる
放浪の焚火を夜の燈となせり
顔すすけ腐つ蜜柑をよよと吸ふ
星降りて枯木の梢にゐ挙れる
末の子は枯芝にしかも父の膝に
春暁の靴なり鉄蓋を踏みしなり
春暁の勤め一途にゆく跫音
春暁の嬰児抱かれて出ても泣く
春暁の催合水道に嬰児泣く
光背と没る春の日と燻れる
髭剃らず来たり油彩の春まぶし
遅日この画廊に時を告ぐるものなし
独立展鎖せども飽かずゐる遅日
春の暮殿を扉ひらく地鳴りする
春の暮障子の白光殿にさす
蔀吊る殿見え春の薄暮なり
けふも奈良ホテル春雨に戸樋鳴れり
凧の糸青天濃くて見えわかぬ
さくらを吹き且つ神将を吹きとほる
さくら照り神将の五指殊に照る
さくら咲けり常陰に壊えし仏あり
花馬酔木雨はうつぼ柱に鳴れる
花楓新婚のふたり椅子に揺れ
ラヂオ燈り夏の白昼声を絶え
夏の夕餐船は舵輪をまはすなる
夏のあさ薄翅虫類船とすすむ
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る
文撰工鉄階に夏の河を見る
夏の河地下より印刷工出づる
活字ケースともれり夏の河暮るる
夏の河橋梁に汽笛を吹きすすむ
夏の河北せり車両わたり終ふ