和歌と俳句

月はあれど留主のやう也須磨の夏 芭蕉

月見ても物たらはずや須磨の夏 芭蕉

牧水
朝まだき 夏の市街の かたすみの 酒場に酔ひをれば 電車すぎゆく

牧水
夜ふけし 夏の銀座の しきいしの つめたきを踏み よろぼひあゆむ

牧水
廃駅に ならむといへる 新橋の 古停車場の 夏の群衆

牧水
わが立つや 夏の市街の つちほこり 麺麭の匂ひに 似て渦をまく

牧水
燻りけぶれる 昼の日ざしに かきつぐみ 瓜をたづねて 夏の街いそぐ

妹とゐて俳諧の夏たのしけれ 誓子

描きて赤き夏の巴里をかなしめる 波郷

画廊守うつむけり夏を白皙に 波郷

少年の早くも夏は腋にほふ 誓子

自画像に月くもりなき窗の夏 蛇笏

船ゆけり夏の島山を率てゆけり 誓子

富める人夏白き子を愛ほしむ 誓子

加はりし猿蓑夏の輪講に 虚子

をさなきは夏も白緑の腋のした 誓子

文学もかなしネオンの赤き夏 槐太

夏の夕餐船は舵輪をまはすなる 誓子

拡声器夏青き馬場に声惜しまず 誓子

夏の馬場黄なる竿旗を柵に寄す 誓子

白き波海渚にあがり夏の馬場 誓子

瓦斯焜炉懷えつ火を噴く高音夏 友二

炎夏の家ぢぐざぐの愛身を刻み 友二

青物を軒に培ひ長屋夏 友二

海山に行かで市井にまた一夏 友二

原稿紙机上に白く夏至る 波津女

軍医の手夏やはらかに今は徒手 静塔

浮浪児のみな遠き眼に夏の船 三鬼

人も夏荒れたる都八雲立つ 草田男

汽関車の排気小石を鳴らす夏 欣一

戸隠の夏は短しさるをがせ 青畝

智恵で臭い狐や夏の火山島 三鬼

熔岩の谷間文字食う山羊の夏 三鬼

男の別れ貝殻山の冷ゆる夏 三鬼

赤紐の喇叭手に取り吹かぬ夏 静塔

荒塩に焼かれて湖の魚も夏 林火