芭蕉
暫時は滝にこもるや夏の初
龍之介
初夏の 都大路の 夕あかり ふたたび君と ゆくよしもがな
晶子
ふるさとの 潮の遠音の わが胸に ひびくをおぼゆ 初夏の雲
晶子
なつかしき 衣の筥の 花匂ひ 百をあつめし 初夏のかぜ
晶子
初夏や 日黒しみたる 少人は みづは女のごと 森に歌ひぬ
山中のはりがね橋も露に濡れはつ夏のよるの明けにけるかな
初夏やブロンドの髪くろき髪ざれごとを云ふ石のきざはし
物売にわれもならまし初夏のシヤンゼリゼエの青き木のもと
いと深く君思ふとき降り止みて更に零るる初夏の夢
初夏は百里がほどの野山をばあざやかに置くわれの心に
牧水
初夏の 月のひかりの したたりの 一滴恋し 想ひ燃ゆる身に
牧水
ものごしに 静けさいたく 見えまさる ひとと棲みつつ はつ夏に入る
牧水
椎のはな 栗の木の花 はつ夏の 木の花めづる ひとのほつれ毛
牧水
あな胸の そこひの恋の 古海の 鳴りいづる日を 初夏の雲湧く
牧水
くちつけを いなめる人は ややとほく はなれて窓に 初夏の雲見る
牧水
香炉ささげ 初夏の日の わらはたち 御そらあゆめり 日の静かなる
晶子
初夏や よきこと語り 若き人 ひと日寝くらす たちばなの花
牧水
棕梠の樹の 黄色の花の かげに立ち 初夏の野を とほくながむる
牧水
遠くゆき またかへりきて 初夏の 樹にきこゆなり 真昼日の風
晶子
初夏の 雨をながむる ここちよさ 浅草寺の きざはしに居て
晶子
うばたまのわが洗ひ髪ちらし髪金の襖子にふるる初夏
牧水
よべもまた 睡られざりき 初夏の 午前の街に 帽かむり出づ
牧水
しろき花 散りつくしたる 下総の 梨の名所の あさき夏かな
牧水
朝なあさな 白雲湧きて 初夏の 岬の森に 啼く鳥もなし
牧水
ほろびゆく この初夏の あはれさの しばしはとまれ 崎の港に
牧水
初夏の 雲はただちに わが眉より 海に浮ける如し さびしき岬
八一
はつなつの かぜとなりぬと みほとけは をゆびのうれに ほのしらすらし
虚子
日本に帰りて京の初夏の庭
初夏や蝶に眼やれば近き山 石鼎
晶子
初夏や 灯ともし頃の ゆきかひに わがもの思ふ 細きわたどの
牧水
袖かざし 君が見にけむ 島山に けふ初夏の 日ぞけぶりたる
牧水
はつ夏の 雲のひかりや 松風や 嵯峨の清涼寺に けふ詣でけり
晶子
初夏や 吹くもあほるも 扇より 勝らぬ風の にくからぬかな
晶子
二三本 あをき芽をふく 木のありて 山の心地す 初夏の風
茂吉
目の前の屋根瓦より照りかへす初夏のひかりも心がなしも
初夏の瞳海を飛ぶ蝶一つ 石鼎
初夏を乳房の筋の青さかな 喜舟
路拡げて塔現れぬ初夏の街 橙黄子
初夏や苗圃乾いて真平ら 橙黄子
初夏の近江に比叡の面哉 石鼎
初夏の三日月金や雲の中 石鼎
初夏や草刈られたる御所の土手 橙黄子
初夏やかくやにかける摺り生姜 喜舟
窓の河初夏の蒸汽の躍り出で 爽雨