和歌と俳句

若山牧水

秋かぜや 碓氷のふもと 荒れ寂びし 坂本の宿の 糸繰の唄

まひる日の 光のなかに 白雲は うづまきてゆく ふもと国原

旅びとは ふるきみやこの 月の夜の 寺の木の間を 飽かずさまよふ

はたご屋へ 杜の木の間の 月の夜の 風のあはれに 濡れてかへりぬ

伏しをがみ ふしをがみつつ 階の ゆふべのやみに きえよとぞおもふ

大いなる うねりに船の 載れるとき 甲板にゐて 君をおもひぬ

いと遠く 君がうまれし 国の山 ながめてわれは 帆柱に凭る

雲去れば もののかげなく うす赤き 夕日の山に 秋風ぞ吹く

峰あまた 横ほり伏せる ふもとなる 河越えむとし を聞く

父の髪 母の髪みな 白み来ぬ 子はまた遠く 旅をおもへる

一人の わがたらちねの 母にさへ おのがこころの 解けずなりぬる

とき折りに 淫唄うたふ 八月の 燃ゆる浜ゆき 燃ゆる海見て

星くづの みだれしなかに おほどかに わが帆柱の うち揺ぐ見ゆ

なにものに 欺かれ来しや この日ごろ くやし腹立たし 秋風を聴く

秋立てど よそよそしくも なりにけり 風は吹けども 葉は落つれども

いねもせで 明かせる朝の 秋かぜの 音にまじりて すずめ子の啼く

地のそこに 消えゆくとおもひ 中ぞらに まよふともきこゆ 長夜こほろぎ

霧ふれば けふはいつより 暮はやき ゆふべなりけり こほろぎのなく

蝋燭の 灯の穂赤きを つくづくと 見つめゐて ふと秋風をきく

湯槽より 窓のガラスに うつりたる 秋風のなかの 午後の日を見る

落初めの 桐のひと葉の あをあをと ひろきがうへを 夕風のゆく