和歌と俳句

若山牧水

ほのかにも おもひは痛し うす青の 一月のそらに 梅つぼみ来ぬ

ふね待ちつ 待合室の 雑踏に 海をながめて 巻たばこ吹く

思ひ屈し 古ぼろ船に 魚買の 群れとまじりて 房州へ行く

武蔵野の 岡の木の間に 見なれつる 富士の白きを けふ海に見る

病院の 玻璃戸に倚れば 安房の海の あなたに伊豆の 山焼くる見ゆ

きさらぎや 海にうかびて けむりふく 寂しき島の うす霞みせり

大島の 山のけむりの いつもいつも たえずさびしき わがこころかな

晴れわたる 大ぞらのもと 火の山の けむりはけふも 白々とたつ

夕やみに 白帆を下す 大船の 港入りこそ ややかなしけれ

梅はただ 一もとがよし とりわけて ただ一輪の 白きがよろし

安房の国 海にうかびて 冬知らず 紅梅白梅 いまさかりなり

やどかりの 殻の如くに 生くかぎり われかなしみを えは捨てざらむ

好かざりし 梅の白きを すきそめぬ さびしきことの おほき春かな

おぼろおぼろ 海の凪げる日 海こえて かなしきそらに 白富士の見ゆ

海のあなた おぼろに富士の かすむ日は 胸のいたみの つねに増しにき

安房の国の 朝のなぎさの さざなみの 音のかなしさや 遠き富士見ゆ

おぼろ夜や 水田のなかの 一すぢの 道をざわめき 我等は海へ

おぼろ夜の これは夢かも 渚には ちひさき音の 断えずまろべる

日は黄なり 灘のうねりの 濁れる日 敗残者は また海に浮く