和歌と俳句

若山牧水

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眼とづれば こころしづかに 音をたてぬ 雲遠見ゆる 行く春のまど

植木屋は 無口のをとこ 常磐樹の 青き葉を刈る 春の雨の日

初夏の 照る日のもとの 濃みどりの うら悲しきや 合歓の花咲く

淋しくば 悲しき歌を 見せよとは 死ねとやわれに やよつれな人

ゆく春の 月のひかりの さみどりの 遠をさまよふ 悲しき声よ

淋しとや 淋しきかぎり はてもなう あゆませたまへ 何もとむべき

いと幽けく 濃青の白日の 高ぞらに 鳶啼くきこゆ 死にゆくか地

一すぢの 糸の白雪 富士の嶺に 残るが哀し 水無月の天

月光の 青きに燃ゆる 身を裂きて 蛇苺なす 血の湧くを見む

初夏の 月のひかりの したたりの 一滴恋し 想ひ燃ゆる身に

皐月たつ 空は恋する 駒に似む 恋する人よ いかに仰ぐや

狂ひつつ 泣くと寝ざめの しめやけき 涙いづれが 君は悲しき

しとしとと 月は滴る 思ひ倦じ 亡骸のごとも さまよへる身に

かりそめに 病めばただちに 死をおもふ はかなごこちの うれしき夕べ

死ぬ死なぬ おもひ迫る日 われと身に はじめて知りし わが命かな

日の御神 氷のごとく 冷えはてて 空に朽ちむ日 また生れ来む

夙く窓押し 皐月のそらの うす青を 見せよ看譲婦 胸せまり来ぬ

人棲まで 樹々のみ生ひし かみつ代の みどり照らせし 日か天をゆく

われ驚く かすかにふるふ わだつみの 青きを眺め わが脉博に

わくら葉か 青きが落ちぬ 水無月の 死ぬる白昼の 高樫の樹ゆ

鷺ぞ啼く 皐月の朝の 浅みどり 揺れもせなくや 鷺空に啼く

水ゆけり 水のみぎはの 竹なかに 白鷺啼けり 見そなはせ神

水無月や 日は空に死し 干乾びし 朱でいのほのほ 阿蘇静に燃ゆ

聳やげる 皐月のそらの 樹の梢に 幾すぢ青の 糸ひくか風

酔ひはてぬ われと若さに わが恋に こころなにぞも 然かは悲しむ