和歌と俳句

若山牧水

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海越えて 鋸山は かすめども 此処の長浜 浪立ちやまず

ひとすじに 白き辺浪ぞ 眼には見ゆ 御空も沖も 霞みたるかな

春真昼 沈み光れる 大わだの 辺に立つ浪は 真白なるかな

うつうつと 霞める空に 雲のゐて ひとところ白く 光りたるかな

田尻なる 雑木が原の 山ざくら ひともと白く 散りゐたりけり

地あをく 光り入りたる 真昼の家 菜の花は われに匂ひ来るかも

棕梠の葉の 菜の花の麦の ゆれ光り 揺れひかり 永きひと日なりけり

近づけば 雨の来るとふ 安房が崎 今朝藍深く 近づきにけり

昼の浜 思ひほほけつ まろび寝に づんと響きて 白浪あがる

夏立つや 四方の岬の うす青み あはれ入海 荒れがちにして

夏草の 花のくれなゐ なにとなく うとみながらに 挿しにけるかな

うす藍の いまは褪せなむ あぢさゐの 花をまたなく おもふ夕暮

あぢさゐや こよひはなにか 淋しきに 立ち出でて雨を あふぐ夜の庭

家のうち 机のうへの 紫陽花の うすら青みの つのる真昼日

縞ほそき 紺の素袷 身につけて 昼の戸繰れば 夏がすみせり

傘さして 見れば沖津辺 夏の夜の 紺の潮騒 うかびたるかな

しみじみと 朝空あふぎ 立ちつくす 夏の真土の 冷きうへに

いはけなき 涙ぞ流る 燕啼き うす青みつつ 昼更くるなかに

入りつ海 朝霧ながる をちこちの 岬に夏の日は散りながら

わびしさや 玉蜀黍畑の 朝霧に 立ちつくし居れば 吾子呼ぶ声す