和歌と俳句

若山牧水

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菜の花の にほひほのかに 身にも浸む 二月の日とはなりにけるかな

しとしとと 春の雨こそ 地には降れ 居るとしもなき わがこころかな

たべものの せゐにや指の 荒れやうよ うす青き枝に 山椒を摘む

峯にのぼり 鳥がねきけば 春がすみ 霞める四方の 悲しく光る

まつはるは かすみか松の 脂の香か 峯のとがりの 春日かなしも

ひそひそと 山にわけ入り おのづから 高きに出でぬ 悲しや春日

春あさき 田じりに出でて 野芹つむ 母のこころに 休ひのあれ

余念なき さまには見ゆれ 頬かむり 母が芹つむ きさらぎの野や

瀬戸の海や 浪もろともに くろぐろと い群れてくだる 春の大魚

をろがや 御はしに散れる ひとすぢの 松の落葉も かりそめならず

ありし日は ひとしほ松の しげり葉の 繁くやありけむ 君をしぞおもふ

袖かざし 君が見にけむ 島山に けふ初夏の 日ぞけぶりたる

はつ夏の 雲のひかりや 松風や 嵯峨の清涼寺に けふ詣でけり

罌粟の実の まろく青きが ならび居り 清凉寺より わが出で来れば

清涼寺の 築地くづれし 裏門を 出づれば嵯峨は 麦うちしきる

浜つづき 夏のおほそら はるかにて 立つしら浪の けぶりたるかな

あたたかき 冬の朝かな うす板の ほそ長き舟に 耳川くだる

軒端なる ちひさき山も 鹿の子まだら 紅葉となりて 冬の来にけり

やがてして 耳のかゆきに 耳をかく わが身をつつむ 春の光線

くちにふくめば 疑ひもなき このうまさ やめられぬ酒の 悲しかりけり

藍甕に 顔をひたして したしたに 滴る藍を 見ばやとぞ思ふ