和歌と俳句

若山牧水

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早苗田の うへをめぐりて 啼く鴉 早苗萎ゆかに 啼くむら鴉

啼く 真昼大野の 日の真下 つり竿かたげ 行けば遠きかな

麦畑の 熟れし片すみ 野いばらの かげの小川に けふも来にけり

春あさき 御そらけぶりて 午前の 植物園に ひと多からず

木がくれの あを葉がちなる 白椿 絵かきがひとり 描いてゐるなり

ひややかに 朝風ぞ吹く 白つばき 咲きは匂へど 葉がくれにして

遠つ空 ひかりてけぶる 春の日の 植物園を ひとり歩むも

ひややかに 光りつれたる 青樫の こずゑの御そら けぶりたるかな

鵯鳥の けたたましくも 啼くものか 樫の木立の あをき春日に

かたすみの 杉の木立の うす赤み 枯草原に たんぽぽの萌ゆ

植物園の かれくさ原に 居る鶫 をりをり動き 遠くとばなく

ただひともと たんぽぽ咲ける そばに来て かの黒き犬は 坐りけるかな

ウヰスキヰ ひそかに持ちて 来べかりし 春あさきこの枯草のはら

病める子が とぢたるこころ しばしだに ひらくとはせよ 淡雪のふる

ひとすぢに 降りも入りたる しら雪の かすけき声の あはれなるかな

年ごとに する驚きよ さびしさよ 梅の初花を けふ見出でたり

梅咲けば わが昨の日も けふの日も なべてさびしく 見えわたるかな

むら立ちの 異木に行かず 山雀は 松の梢に ひもすがら啼く

この寺の 森に寄る鳥 とりわけて 山雀のなくは あはれなりけり