和歌と俳句

與謝野晶子

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

春雲の ややとぎれたる 日に見出づ 草のなかなる しら菊の花

尼女院 子の先帝の 直表吊る 釘ふと思ひ 皮革包懸く

都べの ひろき大路を 行きながら 谷の底とも 思はるる時

二日三日 旅のここちか 云ふことの われに寂しき 家のうちかな

ふるさとは 冷きものと 蔑し居り 父の御墓の 石だたみゆゑ

男をも 灰の中より 拾ひつる 釘のたぐひに 思ひなすこと

美くしさ 足らざることを 禍と 思へる母の いつきてしわれ

朝顔の 小き花は うらがなし 恋しき人の 三十路するより

初夏の 金龍山の 鐘ひびく 若き小姓の 縞ちりめんに

何よりも 消やすきものと この頃の 命をおもふ 君が恋人

きくことは 円く足らへど 云ふことは 多く狂ほし わが心から

飯つけて 白魚釣ると 云ふことを まことしやかに 見るは誰が子ぞ

あしもとの かんざし君に ひろはせぬ 窓には海の 燐光のてる

身をそばめ 給へる人と はらからの 中に乳母の あはれがりける

赤蜻蛉 風に吹かれて 十あまり まがきのうちに 渦巻を描く

旅の日の わたくしごとを 思へりと もの云はぬとき 君をそしりき

このごろは 乳ばなれしたる 子のごとし 五夜なな夜は 肱まげて寝る

この人は 何によらまし 書きなれし 手して歌かく 君によらまし

わが素足 ふしどに到る 廊歩む ほどはいといと 神の人めく