恋人は 空の果より 遠方に やりつるものと 旅をおもへり
落椿 くちたる庭は 猫の声 よりきたるごと たそがれとなる
さびしかる 銀杏の色の くわりんの実 机にありぬ 泣かむと寄れば
恋ならぬ 他をうながして わが心 つよきならひを つくりけるかな
もの恐れ せずとやうやく 思ふ日は 生みし女の 髪尺を過ぐ
われを恨み 天台座主の 如き顔 君のする時 かなしくなりぬ
石楠花や 御嶽詣を 見おくりて 汗もしとどに 山の鳥啼く
わがはした 梯子の段の 半より 鋏おとせし 春の昼かな
梅の花 ましろの閨に あるごとく 寝たり睦月の 月光の中
誰そ来り ぬすみ見するや 若き日の 命の家の たからの君を
別れむと 云ふまじきこと ひとつ云ひ おひめつくりぬ ありのすさびに
岩清水 八幡の山の おほ神の 社頭の藤の ありあけの月
賜ふなる 酒よりもなほ うれしきは 役者なりける 日を語ること
ことごとに 未来をさやに さして云ふ 妹とわれ 中たがへしぬ
港より すくひ船行く 夜明がた ばるこんに嗅ぐ 黄色のさうび
清らなる 菰の中なる 夏の花 わが姉の子の 少女おもはる
古の こころいためる 人もみな 三日ほどのこと 忘れかねけむ
この壁に わが倚る時は つねしにも 灰色の幕 たれさがるかな
川の杭 五つただしき かたちして 鴉のせたる いまいましさよ
憂きことの 繁き祓に そのかみの 恋の反古をば 大幣に振る