和歌と俳句

與謝野晶子

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君が船 水の上をば すべり来ぬ いちじくの葉を 中にしきつつ

君を待つ 心のやうに 花束の 花かわき行く この夜ごろかな

思ふこと 残りなく云ふ 秋かぜの 口はたのもし 聞きのよろしも

わが如く 君ゆゑに泣く 人ひとり この世にあるが 苦しかりけり

よろこびを 重ぬると云ふ おろかなる 少女となりて ありぬ幾とせ

われ歌ふ 水いろの花 ちりかへる 君がめぐりの 風の中より

幼き日 われのまたなく 嫌ひたる 万年青の草を めで給ふ君

おのれらも 共に塵ぞと 思へども くろ髪よきは 妬まるるかな

いつしかと こすもす咲きぬ 草の中 細雨の前の ともし灯のごと

てのひらに 氷をおけば 何となく おのれてふ身に したしみ覚ゆ

恋をして このごろ経ると 髪白き 長者の問に 云ふこともこれ

わが耳に 入らぬことにも うなづきぬ 人待つ人は あはれなるかな

ふるさとの 肩脱ぐ女 はだしの子 憎くしもなく おもかげに見ゆ

菊月の こよひ秋尽く なつかしき 白ぶすまをば 見にもこよかし

残りなく 皆ことごとく 忘れむと 苦しきことを 思ひ立ちにき

若き子の 香ばしきこと 云ふ中に まじらむと咲く うす色さうび

わが胸は うつろなれども その中に いとこころよき 水のながるる

軒近く 青木のしげる ここちよさ そのごと子らの たけのびて行く

絵草紙を 水に浮けんと 橋に泣く 疳だかき子は われなりしかな

みちのくの 庄内よりの 文に云ふ 少し忘れて 冬ごもりする