和歌と俳句

與謝野晶子

罌粟の花くづれしままを見る如く悲しきことはそのままに置く

恋しげに覗けるは誰れ靄立てる夜明の家のひなげしの花

初夏や灯ともし頃のゆきかひにわがもの思ふ細きわたどの

うば玉の髪より白き簾より凉しきいろの矢ぐるまの花

草抜きて指染まる時まだかつてわが覚えざるすなほさとなる

風暑しからかねに似る水無月の道踏む辛きわれの足音

やはらかに加茂の瀬の音かつら川うち思はするあかつきの風

四五町をそぞろ歩きの道としぬ水引の花はやく咲けかし

庭のうち何れの草の葉の裏もしらじらかへりわが愁降る

風通ふなほ薄着して背をゆがめ髪上げわぶるわが神無月

何の木か節細き木の木立より大文字山につづく霧かな

末の子の寝返るを見て白菊の香の立つごとく思ひけるかな

くれなゐの玻璃のやうなるもみぢ葉とわが肩浮ぶ石の浴槽に

箒川橋の柱に血ながしてかづらの紅葉そよぐ夕ぐれ

紅と藍空と野原に濃く置くと思へばやがて冷き日来ぬ

しら露はわがくねりたる紅の菊うす黄の菊をあなづりて置く

そよ風や慰められてある如きわがかたはらの藤の花かな

大海の岩吹く如きあらし来てわがこすもすをやるせなくする

つつましき冬の心に手をのべぬ共に遊べと朝の霰は

霜降りて一尺ほどの細き縄あはれに見ゆる冬の来りぬ

静かなる風のながれのここちよさ十一月の黒檀の夜

霜降るや十一月に黄なる花咲く雑草の哀れなるかな

木の下に雨を覗けりなつかしき爪の色なるひるがほの花

わが話聞きて出で行く海人の子の長き髪かな夕月夜かな

塔などの遠く沈めば夏の日もうらはかなしや既に虫啼く