和歌と俳句

與謝野晶子

哀れにも頼りなげなる心ぞとわれを覗けり萱も芒も

わが二十町娘にてありし日のおもかげつくる水引の花

ひとり身の恐れと痛き淋しさを持つごと咲ける白き朝顔

目に見えぬ真白き花の花びらの破りがたしと秋風の泣く

みづからをしひて頼めり野分吹く雁来紅の一丈の紅

人間は手な触れそとて置かれたる紅き芙蓉に秋風ぞ吹く

隅田川岸行く人のちらと見し秋の初めの朝の月かな

大宮のルイ王の座の思はれて心かなしき向日葵の花

朝顔は踊の所作に似る手挙げ江戸紫を藍がちに咲く

ニコライのドオムの見ゆる小二階の欄干の下の朝がほの花

真白なる小兎ほどの石となりまろぶ風あり秋の日の原

皐月来ぬ黒き木彫の仏にも身に沁むことをささやきなまし

夜明くればたんぽぽの野にきはやかに燕飛びかひ山に雨降る

さくら散りなぎさの砂のここちするたそがれの庭うすき月光

黒き鉢うすむらさきの円き瓶青き杯ならぶ秋の日

秋来れば恋も生命も水色の光の絹となりてはためく

雨残る黄金のしづくの雨残るこのたそがれの秋の世界に

かなしくも戦はざれは生きがたし男は仇と我は心と

八月や機機虫の羽のいろしたる空より朝の風吹く

白がちの縞の袷を着たる秋水色の帯したる秋かな

子に向ひかやつり草をともに裂くあぢきなきこと少し思ひて

わが船の南の島にかかり居し日などの恋し欝金の銀杏

初冬の水にわが手をひたすこと恋のここちにうれし冷し

さふらんが露にまろがりくれなゐの蕋しどけなく物を思へり

小鳥きて少女のやうに身を洗ふ木かげの秋の水だまりかな