和歌と俳句

與謝野晶子

いつしかもまぼろし人とあそび居ぬ細き雨ふる春のたそがれ

樽と樽中に二尺の板渡し草あそびせし春のおもひで

ささの葉のほほけしに似る額髪何としたるや今日は絵に描く

若き日は寝顔を人の見ると云ふおそろしきこと気づかずて居し

春寒し大木の上のうす雲の襟の中までおつる心地に

身の中に悲みの湧く筋などのあるここちして手をながめ居ぬ

あかつきの杉の木立の中を行く御裳裾川の春の水おと

木蓮の蕾光りてそよ風の吹く春の日となりにけるかな

海国の大船の帆にあられふる冬来にけらし厚ぶすまする

忘らるる痛さは更に思はるるむづがゆさより勝りたりけり

ばらの鉢かたぶきしまま夜の明けし師走の冬のあさましきかな

わが心日向にあるや蔭なるや雨に濡るるや風の吹けるや

冬の雨慄へて降れるそればかり心をぞ引くうき淋しき日

元日やうす紫を着たる膝われとも見えず春の空かや

今ひと度西の都の元朝を緋の帯しめてわれに練らしめ

わが踏みて板の廊下を鳴らすこそをかしかりけれ元日の朝

遠方に船の笛鳴る元日のたそがれ時に君へ文書く

うち日さす都の春の噴水の白きさまこそめでたかりけれ

元朝や十畳の間の片隅の白き机に肱つくわれは

大空の日の面をば濡らすごと菜の花に降る春の雨かな

十歳のわれ狐のまねし膝つきぬばらばらと咲く菜の花の畑

薮の下橋と菜種の黄なる花つづく処も春雨ぞふる

菜の花の上の空とぶ雲ながらわが息のごとさびしきいろす

西京の黒谷の寺その前の麦生まじりの菜の花の畑

寒きまで青き道かな六月の橡の林の青き道かな