和歌と俳句

中村草田男

来し方行方

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世はハタと血を見ずなりぬ花柘榴

麦埃たびの時間は生きてゐる

いくさ無しむらさきすべく青葡萄

いくさを経し真珠一粒夏の気澄む

昼顔の咲きのぼる木や野は広し

白雲をでる日仰ぎつ緑蔭

乙女合唱絶えずきららに五月の日

いまや水着水を辞せざる乙女跳ぶ

実桜やピアノの音は大粒に

人も荒れたる都八雲立つ

合掌のぬくさつめたさのまま

緑蔭に上むき寝る子空広し

永久に生きたし女の声と蝉の音

蕾日に焦げんとしては芍薬咲く

栗の花脚の長さは尚ほ仔馬

斑猫や内わにあるく女の旅

新馬鈴薯や農夫掌よく乾き

民の間に絶えし金色夕焼

夕日あかあか浴衣に身透き日本人

蜩の梢や三日月逍遥遊

小ヂーキル即小ハイド衣更へて

響き爽かいただきますといふ言葉

蚊起きあがる倒れし馬の起きる様

少年成ひ長ち五十の秋に満たずして

形影もろし野菊うたかた流れゆく