和歌と俳句

中村草田男

来し方行方

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南に冬日日ねもす北蒼し

我のみの枯野の我の立ちあがる

石材や冬の落ち水かがやけり

大年の日落ち流水尚見ゆる

初寝覚今年なさねばなすときなし

膝に来て模様に満ちて春着の子

祖母恋し正月の海帆掛舟

暗く白く未明の雪の降るか見ゆ

霜に的乙女を発す白羽の矢

行く馬の背の冬日差はこばるる

日なたぼこ視野に入らぬは己が顔

冬空・茅舎、終結なりや開始なりや

時計刻む音にさへ離り寒月

茅舎忌や松多く灯は其所在

四月一日教師花間に期するあり

老農の洗ふ眼鏡や春埃

雛祭顔を洗ひし眉のみだれ

教え子等若し吾にもみ炭火据ゑ

星の窓卒業子みな肩高し

三十人唱ふ冬灯と吾を囲み

黒揚羽頭上に森のふかきかな

瞑目や雲雀二つの声もつる

梢の子躍り満樹の揺るる

店頭の鍬の柄素し来ぬ

日傘一つ女気を絶ちたる木の山へ