中村草田男
来し方行方
秋落日妻子かげなき真赤な顔
簪も櫛もなき髪笑む柘榴
秋水の堰の上なり墓映る
秋水へ真赤な火から煙来る
絶壁の端の鶏頭の朝日燃ゆ
両岸の無言の群衆秋の水
倒れ木の下の虫の音一列に
鋏入れし木々に木犀薫じ亘る
寝よと父母毛布に子等をつつむ時
旱雲へ犬吼え石へ字を刻む
夜の蟻迷へるものは弧を描く
花柘榴われ放埓をせしことなし
百日を白さるすべり保し得んや
片陰や夜が主題なる曲勁し
洗ひ浴衣乙女の身をばよく包む
美き人や雷おほどかに古風なる
富士現れてハンケチさへも秋の影
秋富士のかなた病友文を待つ
富士秋天墓は小さく死は易し
秋富士は朝父夕母の如し