大魚跳ね彼方初冨士ひびきけり
紅梅や鋸ためす一指弾
春昼の生ける剥製となりて鰐
亡霊の外燈ともり朝ざくら
子が泣けば干潟いよいよ露はるる
断層の目盛りがありて麦伸びる
因業が健康の素麦を刈る
因業の鉄の手足や麦を刈る
汝が舅言葉あたたかいわし雲
昭和34年鷹を売り獅子を売る都会火星燃ゆ
速い汽艇修学旅行満載し
敗戦の日の外寝人個々独り
昭和35年ひこばえの油光りを噛みつ吐きつ
夏濤に四通八達漁夫の路
夏の谷尊き砂湯はさみ守る
太陽涼し足もと濯ぐ女達
河鹿の瀬とぼしくダムの壁高し
蛍火を仰ぎ砂湯にひそまれる
砂湯出て女体ほのめく天の川
老鶯や朝もやとなる湯の煙
しんかんたる湯疲れ光る青とかげ
海南風熱帯植物園鬱と
巌窟の泉水増やす一滴音
老いの手の線香花火山犬吠え
甘薯さすごとく少年、党首刺せり
星赤し暗殺団の野分浪
うちそとに虫の音満ちて家消えぬ
いわし雲折れきらら波女一人
美き踵に水来てわかれ秋の渚
網干して砂が畳の冬の浜
暴落や七階建に冬の鼠
煖房や千の社員等胸に名札
寒雷が滝のごとくに裸身打つ
睡蓮にひそみし緋鯉恋いわたる
蜂蜜に透く氷片も今限り
耳噛んで踊るや暑き死の太鼓
深緑蔭の巌男来る女来る
焼石の忠義兄弟いまは涼し
爺と婆深青谷の岩の湯に
哭きつつ消えし老人青胡桃
夏草の今も細道俳句の徒
男の別れ貝殻山の冷ゆる夏
夏潮にほろびの小島舟虫共
一僧を見ず夏霧に女濡れ
蝉穴の暗き貫通ばらの寺
信じつつ落ちつつ全円海の秋日
台風一過髪の先まで三つに編む
露けき夜喜劇と悲劇二本立
父と兄癌もて呼ぶか彼岸花
虫の音に体漂えり死の病
海に足浸る三日月に首吊らば
入院や葉脈あざやかなる落葉
入院車へ正座犬猫秋の風
病院の中庭暗め秋の猫
剃毛の音も命もかそけし秋
赤き暗黒破れて秋の顔々あり
這い出でて夜露舐めたや魔の病
切り捨てし胃の腑かわいや秋の暮
煙立つ生きて帰りし落葉焚き