牡丹蔓裳裾にひきて嫁あそび
葡萄呉るる大いなる掌の名附親
月落ちぬこころ触れたる父と子に
蒼澄める朝の空へ松の芯
朴落葉掌をかがやかに真間の峡
峡深き日はうつうつと杉の花
薄月や接木のいのちかよひそむ
疫病む子に禍つ闇ぬけ白蛾来ぬ
麻刈に麻の高フ風ふれぬ
熱を病む手足がへんに伸びてゆく
熱を病む骨がしだいにやはらかく
熱を病むおのれが鳴らす歯の音を
荒海に声消されつつ黒穂抜き
躍り出て麦の黒穂を搏ちあへり
黒穂抜くひとりは泣けり麦に沈み
黒穂抜く童に鴎翔ち戻り
海暮るる風につつまれ黒穂抜き
五月来ぬ今朝の食卓草の上に
園の卓みどりの朝の珈琲を
青蔦の窓より煙草投げ呉れし
ふと匂ふ五月の朝の新刊書
旺んなる青葉に染まり読みふける
野遊びの籠のくさぐさ草の上に
せせらぎや風の野遊び昏れそめし
野遊びの家路の自動車灯の街を
つゆのたままつよひぐさにおもからむ
おもかげはまつよひぐさによみがへる
かのといきまつよひぐさにいまもきく
白芥子のひそかなる香に眼をつむる
夕闇に芥子も夫人も白かりき
疫病む子に闇つらぬきて白蛾来ぬ
疫病む子を窺ふ白蛾闇を負ふ
疫病む子はまどろみ白蛾すでにあらぬ
五月来と角笛牧のはたてより
あゆみよる羊に楡の影みどり
言絶えしふたりに新樹かぶさり来
くちふれて新樹の闇に溺れゆく
遠き世の梶鞠の音電波に来
梶鞠の老の掛声電波に来
放送の蹴鞠に甦る誓子の句
久世子爵在りや蹴鞠の放送に
人や聞く古き蹴鞠の放送を