和歌と俳句

西東三鬼

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栗の花ひしめく闇にひとり醒む

栗の花香のあをあをと星を染む

栗の花けぶらひけもの夢を見る

栗の花息吹きつめたく燈を青む

栗の花めしひし水に香をしづむ

学園の窓の柘榴よ咲いて散る

籐椅子に学をさびしみ重ぬる夜

禁断の書よセードの綠光に

この国の法の博士をさびしとも

たかぶりの心すずしき星に触り

よひとつ玻璃のみどりにゐて静か

濃き影を熱風を脱ぎ階を踏む

玻璃天井高しこだまがあざわらふ

手がそよぐ憑かれ狂へる無数の手

一瞬の孤独地獄の汗つめたし

暑し穂に刺されつつめくるめく

昆虫の真昼ひそけく日あゆまず

しんかんたる夏野の呼吸正しけれ

黄に燃ゆる孤独地獄に耳きこえず

なまぐさき梅雨雲朝のまま夕べ

爬虫類の夜となり読むとなきページ

紙の皮膚活字ののあてどなし

行間の虚空に白き蝶満てり

精神も思想も怪し梅雨降らず

鰯雲バルーン疲れて黄のゆふべ

みなかみの橋の影絵に星ともる

からかねの獅子の体温冷めて夜

門標の向日葵焦げて日に向かず

物いはぬ朝餐のパンは膝にこぼれ

いへづとの虫が電車に鳴いたりき

カンフルの香に酔ひ壁を墜つる燈蛾

蝕ばめるちひさき身ぬち焔吐き

まみ赤き妻はも影とみじろがぬ

まなぞこに映るは父ぞ吾子生きよ

ひとり聞くラヂオはのをさな唄

飯こぼす子と離り住むゆふがれひ

眠らへぬ夜はよむ吾子の美しき本

秋の夜の壁に見あかぬをさなき絵

朝々のひとり居の麺麭を焼く

あきかぜに匂へりわれと磨く靴

秋の夜の時計動かぬままにある

地虫鳴くひとりし啖ふ梨むけば

紙芝居草の黄ろき陽と去りぬ

日空さびゲンマイを買ふ子なし

猫が啼くヤサイフライにひともれば

柔肌のホットケーキにふとなごむ

樹々ふるび市民病院の秋ふるび

絵を貼り看護婦室の白き夜

隔離室ともらぬ大き電燈垂り

子のゑがく柩車に黒き人坐せり

退院の子のカレンダア昏き灯に

子と母と子と母と病舎夜は寒き

働かぬ日に馴れ南京豆を煎る

秋風を南京豆もきいてゐる

二つづつ二つづつ南京豆かなし

しらたまの南京豆を灯にかざす

秋の夜の南京豆は白すぎる

壁にむき南京豆のからろ寝る