和歌と俳句

西東三鬼

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昭和11年

戦死

工場を担架は糞のやうに出る

青服と担架にドブが離れない

担架ゆきひらひらガキの顔を飛ぶ

サイレンに担架ピクリと動いたか

ボロの旗天から垂れて日が暮れる

青子昇天

昇天せりてつぺん青きマストより

昇天せり霧笛のこだま手にすくひ

昇天せりつばさに潮の香をひそめ

昇天せり穢土には凡愚詩をつくる

木馬館今もあり

さむき夜のおんがく褪せて木馬館

木馬めぐり星辰まどにふるびたる

くらき人木馬と老いてうづくまる

のがれゆく木馬の影を影が追へる

とこしへの木馬の輪廻凍てゆける

悼横山夫人

天の星土の女人と冷えゆきぬ

生れいで母のいのちとかがやけり

百合匂ひをさならの夢ひとつなる

いやはての化粧まどべの星匂ふ

運りつつ星座は寒き地を護る

ゆりかごの唄なき窓に星満つる

銀簪を発止と星のその響き

ひとつ星眼鏡にそへり煙草吸ふ

一輪の造花と米を抱いてくる

盗汗ふくまつはる詩魔を悪みつつ

雪降れり妻いつしんに釘を打つ

小脳を冷しちひさき猫とゐる

水枕がばりと寒い海がある

不眠症魚はとほい海にゐる

汽笛とべり窓の乳白暁ちかき

降る雪ぞ肺の影像を幽らく透き

雪つもる影像の肋かぞふ間も

骨の像こごし男根消えてあはれ

船めざめ月より蒼き日を航ける

流氷に酒をそそいで漁区に入る

氷霰の削りし頬に煙草染む

自動車みな黒し寒波の朝と行く

寒波なほちまたの犬とうろつけり