和歌と俳句

西東三鬼

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秋園の兵器異形の耳持てり

石階を傾き登る二科の幡へ

美校生めつむり二科の椅子にゐる

二科の午後痩せし少女とまた並ぶ

二科の窓天幕の兵がどつと笑ふ

屋上の卓に秋果と水とある

秋の午後屋上に少女その父と

秋風の屋上園に遊里の人も

秋天の気球をまもり若き男

十月の屋上に海を山を見る

重爆機童子の怒り地に光る

霧の街古き軍歌の顔酔へり

石人に遭へり夜霧の橋を渡り

石人を濡らし古唐の霧ならず

石人に西天の星霧がくれ

霧の街防弾チヨツキわが買はず

昭和13年

垂直降下人体宙ニ噴カレ立ツ

敵空へ少年兵離陸速度百粁時

速力線射チツツ天ニスレチガフ

老兵と鴉びしよ濡れ樹の上に

竹林に老兵銭を鳴らしをる

老兵の銃口動くものに向く

老兵の弾子しづかに命中す

砲弾裂け老兵が無し晴れたる日

認識票あり泥濘を這ひ迷ふ

機関銃花ヨリ赤ク闇ニ咲く

大鴉古き塹壕を覗き見る

塹壕に眼窩大きく残されし

昭和14年

走る軍馬闇の蹄鉄火を発す

馬走る闇の銃火を前に後に

砲音の壁を撫で落ち女の手

軍票を油燈に透し女の眼

脳底の銃弾が機体と落下した

肩章や真鍮の数字拾はれた

戦場の空で天使や記者が泣いた

戦死記事の袋の中にみのる果実

三月十日老爺老婆に晴れ曇る

工場へ三月十日の寡婦その子

三月十日この日烈風寡婦の髪に

街角の三月十日老婆立つ

三月十日軍用列車わつと消ゆ

武器商人の声なき笑富士の天に

武器商人の欠伸の顔が着陸す

武器商人酔はず造花の奥に奥に

昭和15年

寒い橋を幾つ渡りしと数ふ女

半身に五月烈しく河臭ふ

河暑し油と友の顔流る

河黒し暑き群集に友を見ず

暑き河に憤怒の唾を吐き又吐く

唾涸れ怒れる汗は黒き河に