和歌と俳句

西東三鬼

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広島に月も星もなし地の硬さ

広島の夜蔭死にたる松立てり

広島や石橋白きのみの夜

広島や物を食ふ時口開く

広島の夜遠き声どつと笑ふ

広島が口紅黒き者立たす

広島に黒馬通り闇うごく

広島に林檎見しより息安し

広島や卵食ふ時口ひらく

二十一年送る風琴伸びちぢみ

砂曇り沖に冬日の柱斜め

きりぎりす空腹感に点を打つ

炎天の女の墓石手に熱く

墓地を出て西日べたつく街に入る

書を売るは指切るごとし晩夏の坂

爪をもて蚤おしつぶし直ぐ忘る

ひげを剃り小さき畑を秋耕す

星闇のセロリ畑に手をわかつ

昭和23年

クリスマス貸間三畳の奇蹟なし

北風が額を打つて余りに酷

わが寒星雲いでよ口開けて待つ

秋の街氷塊をぢかに子が嘗める

拳もて胸打つ猿の寒の暮

冬浜に老婆夜明の火を燃やす

冬浜に犬の頭骨いつまである

木枯の海ごうごうと月光る

雨雲をつらぬく雲雀つひになし

立退きを約し寒水飲み下す

恋猫を捕へ立退かざるを得ず

夜の雪立退く家をつつみ降る

麦の芽を八方にして遂に許す

死が近し端より端へ枯野汽車

墓の群ぢりりぢりりと冬浪へ

海の鳥あそべり寒の墓の前

寒の墓夜も波濤を見つつ立つ

転生や一羽の鴉雪原に

雪山を黒め低めて雪降れり

雪原を長き汽笛をもて汚す

群集の中に父と子密着す

子は長身火星と共にわれを叱る

枯園に犬叱る胎に子を宿し

冬耕の棒の如きが嚏とばす

憎みつつ編む漆黒の靴下を