和歌と俳句

西東三鬼

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断層の上下にありて耕せり

老婆来て耕人の数一つ増す

卒業す鼻をかむにも紅潮し

春眠の女にのそり恋の猫

蝌蚪の阿鼻叫喚今日の日沈むと

風白き貝塚過ぎて貝掘りに

貝掘るや遠き老婆と背を曲げて

指をもて貝掘るわざや沖深む

貝すくなしボクサーの如き蟹多し

海鳴りやカレーの貝はわが掘りし

誕生日眠れぬ貝が音を立つ

蛙田に蛙の祭日蝕下

泣く声に嬰児死にたり柿青し

薪割る掛声秋の土動く

秋の蚊をつかみそこねし女の手

梅雨の地にめり込む杭を打ちに打つ

こがね虫胸にぶらさげ校正す

こがね虫百匹殺し眠りに落つ

生存すうどんを啜り汁を飲み

黙々と地下の群集汗を垂る

煙なき煙突林の闇と知る

豊年や電柱の身の真直ぐ立ち

岩山に今も岩切る音の冬

岩山の寒さ平地にラヂオ唄ふ

岩山に赤き火を焚き岩焦す

岩山の冬の水もて米炊ぐ

岩山の岩をついばみ冬の鴉

岩山の蟻の強あご石を噛む

夏黒き松に登るを女仰ぐ

蠅しかと交むを待ちて一撃す

昭和24年

寝台を鳴らし寝返り墓もなし

死者を夢み夜中の水に手をのばす

患者みな貧し千羽の紙の鶴

病廊を鼠逃がるる老婆の死

嬰児の死1白衣を脱ぎて女医帰る

腐れし歯あまたを抜きて枯野帰る

寒き手や人の歯を抜き字を書かず

降る雪を背に雪を這う亀なりき

貧弱なるキャラメル孔雀地の果に

男のみ酔へり春林に日が沈む

颱風の街に血色の肉のみ売る

昇汞水桃色にわが手枯色に

昭和25年

振り上ぐる鍬を北風来ては砥ぐ

北風に愛されて眼に水たまる

年齢なし初発電車にわがひとり

浴槽にめつむるあまた歯を抜きて

向日葵を折らじと鉄の棒を添ゆ

夜の崖の大きさ暗さ虫絶えて

しゆうしゆうと鉋屑大工透き通る

何の花火犬も歩けば税に当たる