和歌と俳句

西東三鬼

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悪童のみな貌美くて浜に古り

悪童い羞ぢらふ胸乳波に浸し

悪童のくち笛ひしと波の娘に

悪童のコーラス沖に雲の下に

悪童らインクの色の沖へ去る

白きもの海月となりてくつがへる

浜木綿をかざして夜の波の間に

波を出て月光の襯衣ひたと着る

朝焼けや船渠の水も覚めそめぬ

朝焼けて人起重機に手を振るよ

朝焼やちぎれしテープ漂ふに

白服の人輪の芯に見たるもの

衝突の赤き白服眼に痛く

行人去りて血潮は乾く地のほむら

熱風やここのラヂオも株の価を

朝焼けに船渠の水の覚め果てず

マロニヱに日本の夏を寂しめり

短夜の夢きれぎれに百合に趁ふ

青梅売窓のくらきに声かくる

サーカスの馬車軋り出で祭果つ

祭果て雑草真日にむら立てる

鰯雲夕べひさしく祭果つ

祭果てし広場の芥風は秋

白き衣のりぞをる匂ひ花火待つ

美しき今生の花火ながめけむ

青梅の一顆を掌に思ひとほく

ふるさとの美作の梅熟れにけむ

鳩の渦光り颱風のくる景色

颱風くる窓におびゆる灯の茜

颱風くる掘割蒼き香によどみ

工場祭秋日あまねく広場に

女工らの踊りの化粧つたなしも

黒煙けふなき空へ踊りの手

踊りの輪つぼみひらけばその影も

工場長踊りの埃うちはらひ

青鷺の下り立つけはひ朝霧に

青鷺に沢の朝霧濃く薄く

青鷺の佇ちて閑けさ極まりぬ

青鷺のき羽見ゆそよぐ見ゆ

青鷺をゑがく紙にも霧ふるる

ホテルの灯まぶしく仰ぎ施餓鬼舟

施餓鬼舟川面の夜霧いんいんと

初猟のうら昴るに車窓さむく

霧がのむ尾燈を猟犬とかへりみし

カンテラと駅長と現れ猟犬を賞づ

朝を飢え子らは氷雨のまなびやへ

掘りて食む野山の草の根も凍てぬ

木枯のくに去り行くかむすめらよ

夜を飢えて覚るに雪の海あらふ