和歌と俳句

西東三鬼

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昭和21年

夕風や毛虫たゆたふ道の上

奈良の道白しとあゆむ夜の梅雨

夜の塔あるべき方や栗の花

山の手に錨立ち錆び旱久し

朝のわが家の鳩を誰が啖ひし

ところてん墨東奇譚また読まむ

嵯峨の道蜥蜴は失せてわが残る

潦落葉空より地の底より

ゆきずりの老爺と眼と眼渡る

嚏また嚏や合の米ひかる

秋の梵鐘仰ぐや手紙まろめ捨て

魂迎ひそかに待てる魂ありて

鳴きしざりつつ空蝉とならぶ

旱星沼にはあらずわかれけり

夜の桃をひとの愛人指もてむく

奈良の坂暑しドラムを練習す

昭和22年

秋霖やシグナル色を変ふる音

耕すや没日つめたき地の果

冬耕の一人となりて金色に

百姓のゆまるや寒の土ひびく

山巓の野分の霧に男女かな

蓑虫や蓑の中なる真暗闇

蓑虫の蓑の枯葉の枯れ極まる

蓑虫の蓑を引きずる音の夜

蓑虫の眠りの長さ夜の長さ

蓑虫を飼うて夫婦に非ざりけり

秋祭終る太鼓をどんと打つ

練炭を七つ束ねて花となす

練炭の十二黒洞つらぬけり

練炭の束を阿吽と持ち上ぐる

練炭が夜蔭の其処にうづくまる

練炭のある闇いつもざらざらす

練炭が眠れる家に湯を鳴らす

練炭の死灰がどさと捨てられる

寒清き天より鳶の逆落す