和歌と俳句

西東三鬼

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昭和12年

運動会蹌踉とゐてわれは父

運動会子の先生に礼せんか

運動会子と妻とほくゐて語る

運動会花火あぐるは老いし人

山の樹の青きを樵れよわが墓に

わが墓の草実る頃骨朽ちむ

山の雷わが墓に来てうちくだけ

髭の紳士工場のへに病むひさし

家あひに空あり窓を明けて病む

昼ふかく体温表に煤煙まろぶ

白き書と病み工場の音と病み

職工群帰るを見んと窓に這ふ

夕寒き墾地の馬を低く見る

友婚り寒き二階に靴を置く

友の妻ひとの春着を縫ひはげむ

かへり見る友と新妻の愛しき灯

うぐひすや働く人をわがおそれ

父と子の紙鳶ぶんぶんと唸りける

縷々といふましろき人の忌日去り

誕生日ゆふべの硬き顔洗ふ

夏草も大煙突も夜明けたり

朝の老年工のゆく上に

少年工走れよ朝の驟雨来る

驟雨々々兵器部鉄を打ち鳴らし

少年工か驟雨に喇叭吹き習ふ

兵隊が征くまつ黒い汽車に乗り

黒い道喇叭鼓隊に灼け爛れ

僧を乗せしづかに黒い艦が出る

黒雲を雷が裂く夜のをんな達

真夜中の黒い電柱抱いて嘔く

青年と少女ましろし菓子をつくる

霧ながれ自動車社旗を立てて待つ

号外屋酔へり運河に霧ながれ

「朝日」の窓昼光色の霧ながれ

屋上の朽ちし飛行機に霧ながれ

霧ながれ電光ニュースながれながれ

夏暁の新聞ギギと鳴らし来る

空中戦の新聞にほふ夏暁に

駅暑し市民黄服を着て叫ぶ

灼けし貨車老兵の帽子あたらしき

銭欲しく街の熱風に舌を吐く

銭はどこにあるか夏日に鼻焦す

冷房に見えて正午の空黄なり

夏暁の子供よ縄をとび越える

冷房の朝千様の顔うごく

冷房に身を沈め恋ひ憎み恋ひ