和歌と俳句

高浜虚子

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一々の芥子に嚢や雲の峰

背低くかつぎをる孀かな

對の屋はあやめの水をへだてつつ

灯取蟲盃洗の水にこぼれをる

蚊遣焚く家やむつまじさうに見ゆ

蝙蝠や原蒲原は間の宿

蝙蝠に打水の杓高く上げ

母子住む假の宿りや月見草

妹が手をふるれば開く月見草

玉蟲の光残して飛びにけり

玉蟲に紺紙金泥の経を思ふ

大寺の柱の下の涼しさ

黒揚羽花魁草にかけり来る

旅戻り牡丹くづるる見て立てり

己れ毒と知らで咲きけり罌粟の花

老臣を犒ひたまふ花菖蒲

白にして大いなるかな花菖蒲

大夜宴主卓の花は杜若

田植笠竝びかねたる如くなり

いかだの音ゆるく太しや行々子

一しきり打つことも日課かな

蚊帳吊りて有明しある座敷かな

緑蔭を出れば明るし芥子は実に

瓜畑のつづく野路の暑さかな

吹きつけて痩せたる人や夏羽織

魚鼈居る水を踏まへて水馬

雲そこを飛ぶ夏山の茶店かな

一柄杓先づ御佛に石清水

日よけ捲いて涼しき日なり沼の茶屋

山の蝶飛んで乾くや宿浴衣

山荘や南に夏の海すこし

暑はげし柳わくら葉落ちつづく

加はりし猿蓑の輪講に

衣更て甲板に出ぬ島ありぬ

つくばひに杓横たふや若葉

孤島ありて畑ある洋の中

上海の梅雨懐かしく上陸す

家中の黴るはなしも可笑しけれ

藻の水に手をひたし見る沼の情

翡翠の紅一点につづまりぬ

蠅よけもかぶせて猫は猫板に

古家に蜘蛛を恐れて人住めり

薫風や楊枝くはへて水夫立つ

ふんまへて南志那海風薫る

我が前に夏木夏草動き来る

置燈籠包む茂りも高からず

美しき茂りの港目のあたり

籐椅子出すボルネオ海を航行す

籐椅子にあれば草木花鳥来

洋上や遥かに薄き雲の峰

帆舟あり浅瀬越しかね雲の峰

沖紺に渚浅黄や雲の峰

航海やよるひるとなき雲の峰

眉目よしといふにあらねど紺浴衣

涼し左右に迎ふる対馬壱岐

晩涼や大海椰子の蔭に立つ

晩涼や火焔樹竝木斯くは行く

蠍座が出て寝るとせん星涼み

庭石に蚊遣置かしめ端居かな

扇風機まはり熱風吹き起る

扇風機吹き瓶の花撩乱す

待合の簾の裾の路地西日

夕焼の雲の中にも佛陀あり

月青くかかる極暑の夜の町

江水の濁りはじまる夏の海

戻り来て瀬戸の夏海絵の如し

夏潮を蹴つて戻りて陸に立つ

葉高低雨後の蓮池にぎやかに

の中雨すいすいと見ゆるかな

スコールの波窪まして進み來る