和歌と俳句

高浜虚子

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故郷は昔ながらのかな

信濃路や蠶飼の檐端菖蒲葺く

旅の夜の菖蒲湯ぬるき宿りかな

人行かぬ旧道せまし茨の花

短夜の闇に聳ゆる碓氷かな

短夜の山の低さや枕許

短夜の星が飛ぶなり顔の上

木曽に入りて十里は来たり栗の花

五月雨の和田の古道馬もなし

五月雨の夕雲早し木曽の里

五月雨や檜の山の水の音

蝸牛葉裏に雨の三日ほど

松竝木美濃路大いなり

恐ろしき峠にかかるかな

住みなれし宿なればもおもしろや

子規鳴く頃寒し浅間山

家二軒笠取山の時鳥

子規鳴き過ぐ雲や瀧の上

ほととぎす月上弦の美濃路行く

大粒の雨になりけりほととぎす

十抱への椎の木もあり夏木立

ひしひしと黒門の夏木立かな

傘さして行く人を見る夕立かな

夏山の小村の夕静かなり

木曽深し夏の山家の夕行燈

木曽を出れば夏山丸く裾長し

大紅蓮大白蓮の夜明かな

きのふけふ繭ごもるとの便りかな

常磐木の落葉踏みうき別かな

海を見つ松の落葉の欄に倚る

和田村で合羽買ひけり五月雨

蝸牛の妻も籠れり杓の中

湖をめぐりて雨の田植かな

さはさはと真菰動くや鎌の音

引網の夕汐時やほととぎす

夏草や古井の底の水の音

夕立やぬれて戻りて欄に倚る

手も足もおしうづむ砂の清水かな

涼しさや雨吹き下す空の闇

行夏や彌陀の後ろの蚊のうなり

両岸の若葉せまりて船早し

茨の花二軒竝んで貸家あり

裏戸近く夕汐さすや茨の花

日高きに宿もとめ得つ栗の花

五月雨の雲に灯うつる峯の寺

の多き根岸に更けて詩会あり

古蚊帳の大いなるを僧にまゐらせつ

蚊帳越しに薬煮る母をかなしみつ

月出でて鬼にもならぬ蚊遣かな

病む人の蚊遣見てゐる蚊帳の中

薫風や白帆竝びかねつ八郎潟

薫風に昼のともし火瀧の前

故郷の月ほととぎすでもなきさうな

縄朽ちて水鶏叩けばあく戸なり

岩の上に金冠のこる清水かな

旅人の酒冷したる清水かな

女多き四條五條の涼みかな

先生が盗人でおはせしか

鮒鮓や膳所の城下に浪々の身

いくさになれて鮓売りにくる女かな

人病むやひたと来て鳴く壁の

帰省して書斎なつかしむ澁団扇