和歌と俳句

石塚友二

1 2 3 4 5 6 7 8

春暁の雲咲き八重の薔薇となる

露次の子らの合唱挙り覚め

屋上園春の黄塵降りかすみ

ならはしの朝寝に疲れ花の露次

羈旅送り惜春の情と階降り来

わが恋は失せぬ新樹の夜の雨

新樹照りいたむこゝろぞ耐へがたき

短夜の不眠のなげき日が黄なり

金借るべうしまわりし身の疲れ

金餓鬼となりしか蚊帳につぶやける

昼寝ざめ厨に立てり胸の汗

さだめなき日々見送れり夜の

胸重く片かげ戻る人の恩

や痞へし胸を抱き呆け

たかんなの疾迅わが背越す日かな

炎夏の家ぢぐざぐの愛身を刻み

暁暑しラヂオは顔を逼ひ廻る

汝を恋へば居も居すゞろや青葉木菟

更けし灯に迷ひ来しにねらはるゝ

坐り胼胝ばみし足組み交す

隣人の水打ち呉るゝ夕されば

鼻唄の律呂初蝉泣き狂ふ

冷麦や青紫蘇は歯に香をかへし

氷菓父母の手子の一心メリイゴウラウンド

明け易き初発電車が通り初む

酔濁の名残葭切きゝゐたり

羽抜け鶏鶏冠火燃しつ雌を愛しむ

友ひそと来て坐りゐしばみて

青物を軒に培ひ長屋

人の情四囲の胸板夕涼み

と拭く柱鏡の脂顔

告げまほし胸なるをなほ夏炉の言

待ち入る目に人も待つあり扇風器

寝冴ゆると双耳のや鳴きしきる

朱に世やゆゝしきを人に恋

痴情胸に奔馬駆けすや瘧のごと

視外の顔暑くねむたき市電の座

新涼の電車抛られしごと来る

生ビール文楽に得し亢ぶりに

夏山に友ありあへて匿れしと

海山に行かで市井にまた一夏

夏痩せの一個丼余したり

蜩歇みぬ明日待つ冀ひ濃きかなし

明け鴉渡れり露の戸を開くる