和歌と俳句

石塚友二

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青柳に朝の爽涼鹿を秘め

雌を率ては裾屯せり荒男鹿

烈日や老杉の映え社殿の丹に

天平を負ふ肩なるやの丈

松籟に秋蝉とわが心気のみ

御鏡に曠古一瞬蝉しぐれ

宝蔵に侍づき咲きて芙蓉の日

秋寂光揩スき菩薩厨子に在し

蚊帳の裾いとど遁るゝ目覚めかな

咲き垂れて谿風あぐる吉野

杉叢の群山あつめ涼しけれ

かなしさや御籬木洩れの残暑光

汗の手合す殉忠の鏃刻りたる戸

汗寒く拝むや涙おのづから

蜻蛉やあたりを払ふ棟と堂

波さへや浦曲の避暑期終りたる

栄華こゝに方に掬むなり岩清水

咲き残る蓮に相寄り苔の浪

翠岱をボートの水に市民の日

曼殊沙華かなしきさまも京の郊

袖擦りの尼僧見かへる秋の風

欄や紅葉に早きかへでの秀

大文字真向に開けの縁

旅寝して暁の虫にぞ戸惑へる

剽盗に逢ひて湯屋出づ秋の暮

汽車疲れ食後の梨を措きて臥す

露人墓地稲佐や百舌鳥の樟がくり

写真師の髪パンパスの穂と孰れ

笠鉾に手舞に人輪とよみつゝ

風がしら稲佐も秋の青霞

秋日負ひ唐寺の朱門目頭に

華僑区に些異も翳りの秋日かな

群鰮畝波捲きて寄する岸

赤蜻蛉標立つのみの蘭館趾

後撓ひ下る石道苔の花

天の川仰ぐ閑けさや生流転

終止且始発粛条秋の午後の雨

八幡菩薩南無の御籤に照葉かな

大銀杏黄怨恨乳垂り結ひてけむ

公暁あはれ公孫樹千年の黄の壮さ

破蓮や由緒手まねく後ろ髪

落葉松の一期たけなは黄が燃ゆる

赤城嶺に初雪計らざりにけり

満山枯木かゝるがゆゑの樅の瑞

ランプ吊り火鉢掻抱き雨の夜を

枯木中白樺凝乎と巨魚の骨

山上湖とゞろ波立ち日の寒さ

赤城黒檜背に坂東の冬霞

紅葉渓単線かくもさびしきか

枯桑の涯に浅間や轟音と煙/p>

牛久沼の舟宿に身を明治節

澎湃と秋水は満つ舟路行る

疲れては性なく転び穂草中

松籟や昼の鈴虫音たえだえ

おもおもと交み蝗や稲架を攀づ

鴨打の弾音直かに来る鼓膜

草じらみ馴染香胸に友の袖

行住の天外かゝる苅田径

稲刈の頑丈の腰発条羨し

穂薄の群落率つゝこかひ川

茱萸翳す人も揉まるゝ帰路の汽車

牛久沼頭に生き菊花節暮れたり