和歌と俳句

石塚友二

1 2 3 4 5 6 7 8

邂逅の不可思議を剥き対ふ

雑鬧にひとりいよいよ露の月

秋雨に委してひと日の心休む

秋霖や新宿長き地下歩廊

寝待月掲げ戻り来る誕生日

剰へ坂なりとほしの露次

旅行くや颱風の跫海に求め

潮ぬれし靴脱ぐ頭上行く蜻蛉

稲舟をしりへに緩く上総線

海と河噛み合ふ一点鰯雲

涼しさの肩より背より帰るさは

虫を左右焦ち来ぬるに門の暗さ

売るものゝそこばくは有ち秋の風

汗し覚め胸に波せりとほき

萩挿すや項に凝るは有情の眸

人穽すことの易しさ秋扇

青栗に纏ふ恥あり強く見る

あらたまるものみなのなか初秋刀魚

たらちねの母君の仆を秋曇

但馬城崎海のみどりを梨の肌

武者小路実篤たのし夜永からず

主客に秋日息急くわれやおのづから

少女歌劇見戻るに忽と夜寒かな

枕上みは小蜘蛛も影負ひて

一分入る紀元二千六百年祝典日

毛布買ひ一夜は早く寝まりたり

落霜紅高吊りたまへ背越しの灯

朝寒の露次出づ犬の嗅ぎ跟き来

秋刀魚焼く戻りて子らよ家に食せ

草紅葉小野の黄昏真一文字

観兵の御儀の予行秋草原

肌寒の小袖羽掻ひにひとりの夜

老の手の箒落葉や干反り逃ぐ

黒松の霜待つ屋上園斜に

赤蜻蛉頭の痛き午後の空

菊の香や民生れ増しつしかも彦

軍歌過ぎ虫の音垣によみがへる

麦踏の壮者彼や野路の景

虫絶えぬ必滅刻む音あるのみ

落暉はや鶏頭の黄を余すのみ

白菜の一圃の翠抜ん出たり

窓打つや落葉しぐれの風の渦

釜炊きの茸飯せめて惜しまばや

夜を照るや黄紫二枝の瓶の

霜来ると流れ澄むなり街の川

体育の祭典菊花節と永遠

菊花節大東亜圏晴一天

もろ民の一個祝ぎまつる明治節