寒餅は水浅けれどいと沈む
壁の汚点彼岸桜の明るさに
宇治の春水にゐて汽車の煙見る
まぶた重き仏を見たり深き春
紀の川は夏青草に烏ゐて
町裏は川のはかなさ花豌豆
藺の花の雨にごり水今日親し
川木槿裸童子は光りて来
かはせみ飛び残しゝ青を人と見し
紅萩の濃き日なりしが三日月
濁流にうすら日射し来曼殊沙華
晩秋や樫の木黒く昼澄める
記憶にも今日の秋空桐立たむ
秋夜の浪近ければ又遠ければ
断層に秋風がしむ別れかな
ちゝろ燃ゆ焔の冴えも海の丘
椋鳥の落しゝ木の実手に染まり
日を恋ふるこれからか茶の花を挿し
星ありやと問はんすべなき冬夜かな
年暮るる何に寄らまく柱あり
雪の朝音なし何に続く時
桑畑の奥に人住み雪が降る
雪解や石に平たく生ひし草
寒の雨舗道に散りて黒かりき
暮れて尚硝子戸を霰うち止まず
故里を語らばや蝌蚪生るゝなど
初ひばり胸の奥処といふ言葉
沈丁の香に来らずやと呼びて
霜焼けの手をならべ見すもう癒ゆと
朝雉子の一と声あめつちに立ち
ありありと何に覚むるや朝雉子は
紫の雲起きて来て春の雷
万葉の山吹ここに痩せてゐる
山吹の咲きたる日々も行かしめつ
われわれは水すましゐる水囲み
晩夏とてありやうや脱ぎすてしもの
午後三時青芒風逃がしゐる
石を照るごとく吾にも晩夏光
やせ畑を培ひ棉の花咲かせ
桐の実が青しと言ひて休みたり
智慧と言ふは涼しきものか青田風
秋に入る砂地に浅く根もつもの
鶏頭の太しくなりし吾が月日
夏行くか椅子古く星カシオピア
海越え来し端書一葉遠雷す
野分して夜となり深く暗かりき
雪片の大きさ今のきざやかさ
薪水を事とする日の牡丹雪
雪の日や小さい家が夜になる