和歌と俳句

細見綾子

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赤土が新しくして別れ霜

牡丹散り魚鱗のごとく日をあつむ

秋草の露落ちるにも似てゆきぬ

枯草に日あたるといふよき事あり

帰り来し命美し秋日の中

秋日の縁蜂飛びて行く明るくて

秋空の限り背にある命かな

晩秋や人行き山へかくれたり

この雪は松がゆさぶり落しゝ雪

早春の山笹にある日の粗らさ

枯草がふまれちびゐる道と言ひ

雪解水あふれながるゝ汽笛鳴り

春近し時計の下で眠るかな

冬暮したる屋根を見る道に出て

しあわせに短かたんぽゝ昼になる

春の雪かたくなに残れりと見ゆ

奈良に来て水が流れてゐし暮春

さかり今がさかりと思へりし

はさかり或る遠さより近よらず

音楽を疲れて聞くや五月尽

人遠し馬酔木の下のくぐり水

痩せたりと言はる夏菊の黄はさえて

昼顔や線路が忘れられてゐる

麻を着て草長け人なつかしむ

麦刈にくたびれてゐて月が出し

青梅の落ちたる音のひろがらず

七月や砂地が影になつてゐて

鮒を藺にさして通れり炎天

夜蝉の鳴きうつりしも晩夏かな

風鈴があればかなしき時あらん

帯干せばすゝきの方に吹かれたり

砂利人夫秋天見上ぐ事はなし

砂利人夫橋下りて来る秋深し

散りし夢地に生きてゐる柿もみぢ

鶏頭を三尺離れもの思ふ

夕方は遠くの曼殊沙華が見ゆ

晴るゝ次に見るもの何色か

かはせみの青晩秋に見たるもの

冬薔薇日の金色を分ちくるゝ

鶏頭も過ぎし月日をもつてゐる

紅葉寒遠嶺の日ざし吾に来ず

水少しあれば草蓼もみぢせる

峠見ゆ十一月のむなしさに

晩秋や山いたゞきの電柱も

山裾に桐の実の鳴る空がある

足袋ぬいでそろへて明日をたのみとす

今ぬぎし足袋ひやゝかに遠きもの

片方の足袋のありしは障子ぎは

ローソク火に得てし一と時冬美し

冬の虹はかなさはあざやかさかも

冬来れば母の手織の紺深し