和歌と俳句

細見綾子

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の窓に身は固くゐて人の許

人の許へ雪山たゝむ敦賀湾

二人居の一人が出でてを買ふ

炭はぜて葱に飛びたり夜新し

坂登る黒き外套は吾が世界

外套の泥はね一つ灯に戻る

かりんの実しばらくかぎて手に返す

夜の林檎いと遠くより来る春か

春来と言ふ背にある壁にもたれたり

雪の山しりぞひて道春になる

春近し子供と汽車の線路あり

初蝶はひらひらと考へをもよぎる

沈丁花鼠族を憎む夜といへど

春の夜や新聞に落つ髪の雨

山間の小駅の咲くといふ

ゴム毬がはづみてつけし春の泥

昨日より今日新しい薺花

夕方が美しといふ暮春なる

晩春を吾が白き足袋汽車にのる

過ぎし日を桐の花さゝげてゐてくれる

旅二人靴ぼこり椎若葉の下

竝木道たゝへて行けば野ばらの門

見上ぐることのよさは知りゐて新樹の道

焦げしパンしたしきもの窓青桐も

光りしは皿か五月の日ぐれとなる

夫人立つ野ばらの花のうしろなる

秋海を見に行く電車白蝶追ふ

海水劫散りし貝殻秋風

朝過ぎゆく小さき時計秋日の中

青りんごたゞ一個買ふ美しく

ぶだうを皿に水露となるすこやかさ

晩秋や一と日頭上に空ありし

落葉月夜目ざまし時計不意に鳴る

生き難しとかんな屑やすやすと燃ゆ

病むものに窓あり冬の虹山に

夜訪ひて冬薔薇顔の近くにあり

硝子戸の中の幸福足袋の裏

寒卵置きし所に所得る

寒卵そが重みもて静まる

街中の焼跡の墓地冬空持つ

寺の妻木の実のごとき童ゐて

濁り酒酔ひし単純木瓜の花

どの家にも子供春雪とけゐつゝ

春雷や胸の上なる夜の厚み

春雷は彼の湖に去にしかな

雉子や吾は芥をすてゝゐき

老いゆくか小崖たんぽゝ咲く一と日も

雉子鳴けり少年の朝少女の朝

硝子器を清潔にしてさくら時

頭涼し麦生ひたすら蝶々行き

五月雑草空罐ころび行き埋まる

桐の花北国の空いつも支ふ

強し陽も強し何の影もなし

夏草をちぎれば匂ふ生きに生きん

セルを着て硝子の破片踏みて戻る

麦秋や農婦胸より汗を出す

縞蜂の飛び交ふ中の裸かな

炎天に焔となりて燃え去りし

鶏の骨たゝく炎天の一方澄み

働くは爽やか足に夏没り日

暑き故ものをきちんと竝べをる

野分しづまり猫長々と歩み去る

トロ押しに女もまじる山すゝき

濁流を越え曼殊沙華後にせり

白き墓その間ゆき秋の海

秋風が砂吹きよせる鉄鎖かな

再びは巡らぬ秋日靴の砂払ふ

ポンポン船の冬波犬と残りたり

すゝき新穂つやつやとして及び難き

仮住みや棗にいつも風吹いて

硝子戸の家や蝶飛び晩秋へ

星遠しといへど落葉木の伸ばす枝

軽き日は鏡にうつす冬田の犬

冬山を寝て見るものに空青かれ

冬日に椅子を出さんと思ひし事たのし